脱色
「ふーん、脱色ねぇ…」
キャサリーンは実習室を使わせてくれ、というチェコに目を丸くした。
髪を、染めるのではなく、脱色するのだ、という。
なるほど理屈では、髪の毛の色素を抜いてしまう、という、乱暴ではあるが、鉄を溶かしてアイテム召喚獣を作る、などと比べたらはるかに簡単な作業のようだが、果たしてそんなことでまともな金髪になるのだろうか?
一応、教師を仮にでも、やっているのでチェコに付き合って実習室へ行くと、二年のブルーが待っていた。
「え、その人に見られるの、嫌だよ!」
なんでもチェコの理屈では、脱色するにあたって、一度、髪を洗って元の色に戻さないといけないらしい。
思春期少年の恥じらいに敗け、キャサリーンは実習室の外で待った。
が、何かあってからでは責任も負えない。
こっそり覗いたが、当たり前だが上半身を脱いで、髪を洗うだけだ。
染めた金髪は平凡な赤茶色になったが、ただのガキである。
それほど何が変わる訳でもない。
それから、賢者の石で色素を抜く。
何度か鏡を眺めながら、もっと明るく、とか注文をつけ、そのまま腕の毛、脇の下、下半身から下着まで脱いで、脱色が続いた。
三十分ほどでブルーは、新しい髪色になり、ナチュラルな腕毛をわざと見せながら部屋を出て行った。
「チェコ君、あんたも器用ねー。
生きた人間の毛なんて、そんな簡単に操作できるの」
奥から出てきたキャサリーンが聞くと、パトスが。
「…テンを狩って、売るときに冬毛にすると、三倍で売れる…」
と解説した。
「そうそう。
その途中で、白い毛になる前に金髪やブラウンになるのは、前から知ってたしさ」
アハハとチェコは笑い。
「リコ村だと金髪じゃ悪魔扱いだから、自分で少しブラウンにしてたんだよ」
「あんた、自分の体で実験してたの!」
「変な薬を使うより健康的だよ!」
チェコは変な自慢をした。
ケシシ…、とパトスは笑い、
「…チェコ、まだチン毛なんて生えてないのに、産毛に色をつけて自慢していた…」
キャー、とチェコは急に恥ずかしがり、
「止めてー、キャサリーン姉ちゃんに俺の秘密をバラさないで!」
さすがにキャサリーンも、思春期に付き合うのが馬鹿らしくなってきたが、
「だけどあんたも親切ねー。
あんな馬鹿貴族にそんな事してやって。
確か、貴族でも下っぱの奴でしょ」
ブルーは成績にも見るべきものはなく、運動も教師について習っているにしては平凡な、平貴族だった。
チェコはニヘヘ、と悪い笑いを見せる。
「あれはね、毎日脱色しないと、髪の根は元の色が生えるんだよ。
俺は金髪をブラウンにしたから、あまり目立たなかったけど、黒い髪の根の手入れは大変なんだよ」
「…それで小銭を稼ぐ…」
パトスがチェコの企みを暴露した。
「もー、キャサリーン姉ちゃん。
スペルランカーって、お金がかかるんだよ!」
世間が悪いのだ、とチェコは愚痴った。
まー、ほどほどにね、とキャサリーンは言いながら、ちょい、とチェコのズボンをめくった。
「キャー、エッチ!」
チェコは変声していないので、かなりのキンキン声だ。
確かに、股間の産毛が無理やり黒っぽくなっていた。
「チェコ君。
君、十三にしては子供よね…」
「もー、気にしてるんだから、言わないでよ!」
らしくなく、顔を真っ赤にして、チェコは素で抗議した。
アルギンバの血を持つものは、成長が遅く、魔王を名乗った百年前の魔王大戦の張本人も、齢四十にして二十歳そこそこにしか見えなかったという。
精獣パトスの成長が遅いように、チェコもまた難しい思春期を過ごす危険もあるのかもしれない、とキャサリーンは危惧した。
キャサリーンの本職は、八侯二四爵の統べる魔法世界を維持する超法規機関エリクサーのエージェントだ。
現在は、ヴァルダヴァ国のある問題の調査がキャサリーンの本命の仕事だったが、実のところ、チェコもまた彼女の抱える仕事の一つだった。
チェコは、来歴からも正当なアルギンバの血統の王子であり、最近はメキメキと音を立てるように成長を遂げ始めた有能な若者でもあった。
チェコが正しく優秀ならば、何も問題はない。
だが、思春期というのは、難しいものだ。
一つの失恋が、彼を大きく狂わせるかもしれず、そして血統なのか、あるいは人間以上の存在であるが故なのか、チェコは同年代の子供と並べると、見てくれから幼かった。
これは、一年生の今よりも、二年三年と進級すればするほど、思春期の彼を苛むかもしれないのだ。
その時、チェコは正しくいられるのか?
それは思うより、難しい問題かも知れなかった。
「なんか聖歌隊に入らないか、なんて言われるんだよ、俺!」
「あら、良いんじゃないの、コクライナ大聖堂の聖歌隊って、声だけじゃなく、ルックスも良くないと入れないのよ」
「ただ、聖歌隊の隊長って生徒会長なんだよ。
なんか、ヒヨウはあの人、好きじゃないみたいでさ」
キャサリーンの見立てでは、ヒヨウの調査は、ドリュグ聖学園の生徒会長タメク・ストロンガに関する事だろう。
その辺はキャサリーンもある程度は掴んでいた。
「ヒヨウ君に相談したら良いじゃない。
案外、やれ、って言うかもよ」
おそらく、それはキャサリーンの仕事にも有益な事だった。
「えー、ヒヨウがそんな事、言うかなー。
俺、ヒヨウの方が正しいエルフ、って気がするんだ!」
と、兄のようにヒヨウを慕うチェコへキャサリーンは、ちょっと意地悪を言った。
「それから、チェコ君。
そこの毛は産毛を黒くするより、脱毛した方が、生えてるっぽく見えるわよ」
チェコは思春期の琴線に触れたらしく、真っ赤になって、股間を押さえた。