ゴーレムデッキ
学校が終わると、チェコは貧民窟に向かった。
陵墓の背後の広大な森林を抜けると、棚田が出来上がりつつあった。
粟の種は老ヴィッキスが仕入れており、早速畑に撒かれた。
浄水が畑の回りを流れ、潤していく。
畑の拡大は出来るが、まずは浄水を増やさなければ意味がなかった。
そのためには、貝の繁殖だった。
畑を作るのに、どぶ貝を使ったが、その分の畑はできたので、今は、コクライノの各地からどぶ貝を集め、また養う作業中だった。
目星が立てば、陵墓の森の中に第二浄水池を作る事になる。
それなら、ドリアン憲兵たちには見つからずに、大きな規模の池が作れる。
池は、既に掘り始めており、切った木材は炭に焼いた。
炭もまた、水を浄化するものだ。
陵墓の背後の森の中に、広い作業場が作られていた。
ここはゴブリンが手を出さない、と作業員には語ってある。
木を切る要領はヒヨウが教え、木の根はチェコが錬金術で枯らしていく。
また、臭いを出さず、ドリアンたちにも気づかれないよう、陵墓までは地下トンネルを掘る事にした。
錬金術で切った岩が、新たな池や段々畑の石垣になる。
「へー、男同士ね…」
チェコが、昼間の学校の出来事を語ると、ルーンは複雑な顔をした。
「あのな、チェコ。
金髪に染めて、体の毛を溶かすとさ、毛がないだけで女っぽい体に見えるだろ…」
チェコは首をかしげた。
「だから、よってくる男がいるんだよ…。
色気が、あるんだってさ…」
ルーンはいつもより、苦しそうだ。
「…心配ない。
お前が違うのは、臭いで判る…」
隣のパトスが、ルーンを慰めた。
「俺、絶対に薬屋なんてやらないんだ!」
ルーンは涙を拭いた。
バトルシップでは、ゴーレムデッキが増え始めていた。
灰色のアイテム召喚獣と溶鉱炉で、アイテム召喚獣を増やしていく。
アイテムを守るために忘れられた地平線が張られ、
ゴーレム強化装置が複数張られると、大抵のデッキでは手の打ちようがなくなる。
仕掛け矢や鉄の罠、生け贄の窯ならば、忘れられた地平線に守られ、戦いはアイテム有利に進んでいく。
昨年、惜しくも優勝を逃した軍隊旗と言うカードが、また復活してきた。
全ての自分のカードはアイテムであり灰色となる。
だから、多色のスペルを自在に操れる便利カードだ。
これがあれば、序盤は青とアイテムでバトルを始めても、軍隊旗を張った途端に、自由な用兵が可能になり、昨年は空飛ぶカーゴイルなどで攻めたのが、今年は全てをゴーレムに染めつくして圧倒するようになっていた。
「忘れられた地平線が厄介だよね」
チェコも唸った。
「石化とゴーレム化で、十枚の召喚獣は自軍に寝返る。
全ての色が使える上に、忘れられた地平線で排除不能だ」
ルーンもカードに集中しだした。
「…まず、忘れられた地平線を阻止するんだ…」
パトスも言うが、ルーンは。
「軍隊旗もあるのがメンドクセーんだよ!」
「まず、打ち消しカードだね」
チェコは、頷く。
「召喚獣は、常に石化やゴーレム化にねらわれる」
ルーンが唸った。
敵の召喚獣が、このデッキには餌になって育っていくのだ。
召喚獣によらないダメージは攻撃スペルなどだが、チェコが勝ち上がりたいコクライノのトーナメントには、マイヤーメーカーという、まさにそれの達人が最強ランカーとして君臨していた。
「熱病、黒二アースなら、毎ターン各プレイヤーにマイナス二を与えられるのである」
エクメルが教えた。
「忘れられた地平線を封じればね…」
と、チェコ。
「…三/三と言うのは、決して強いカードじゃない…。
除去は難しく無い」
パトスの言葉にチェコが。
「すぐ溶鉱炉、その次は生け贄の釜だけどね」
回転し始めると、よく動くデッキなのだ。
昨年、準優勝も伊達ではない。
優勝したのは緑の増殖、というカードを使い、召喚獣を途切れさせずにブロックし続ける、というデッキだったが、今年はそれすらゴーレムに変えられてしまうのだ。
エンチャント増殖を付けた召喚獣は、コピーを産み出せる。
増殖デッキも、だから召喚獣を大量に出すデッキだったが、忘れられた地平線と岩のゴーレムのお陰で、すっかり封じ込められてしまった。
「あ、敵は、きっと増殖を使ってくるね…」
チェコは、予感した。
貧民窟の地下に、どぶ貝養殖用のため池を掘った。
賢者の石で、既成のものを五倍にしたのだ。
トンネルも岩盤に掘ろうと思ったのだが、亀裂を伝って、陵墓の池まで水が流れてしまった。
それだけでも不思議だったが、水は地質に洗われて、既に清水になっていた。
チェコたちは池の製作を急ぎ、十の畑を新たに作った。
丸芋の苗を買って、蕎麦も植えた。
貧民窟は、既にダウンタウンほども臭くは無くなっていた。
ドリアン憲兵たちは何度か、貧民窟に押し入ろうとしたが、その度、ゴブリンが陵墓から現れ、逃げ出していた。
顔の長い、そしてそれを隠すように髪も長いハイロン準爵は、ドリアンの報告を聞くと、
「たまに、ゴブリン退治でもしてもよかろうかのぅ…」
と神経質そうに笑った。




