二年生
「これで岩のゴーレム、って元々三/三のアイテム召喚獣があったら話は違うけどね」
チェコは笑った。
「ゴーレム、なら、あるのである」
え、とチェコもタッカーも驚いた。
「大昔からある、古典的なアイテム召喚獣なのである」
とエクメルは冷静に説明した。
「岩のゴーレムは、それに倣って設計された召喚獣なのである」
「まー、だからなんだと言う話じゃないけど…」
チェコは、驚きを否定するように話した。
「へへ、ゴーレム強化装置だってさ」
ルーンが教えた。
「全てのゴーレムがプラス二/二の修正を受ける!」
どうやら、ゴーレムデッキに現実性が出てきたようだ。
剣術大会の開催が発表されてから、ドリュグ聖学園でも剣術の練習時間が増えた。
今日はブリトニーではなく、タラン・ガワラがチェコの相手だった。
小柄なチェコとは、頭一つ分以上の身長差があったが、タランの筋力ではブリトニーの突進ほどの爆発力は出せない。
チェコは、右に、左に、とタランを弾き、立った場所から動きさえしなかった。
「くそ!
なんでそんなに力がありやがるんだ!」
タランは叫んだ。
「毎日、激しい稽古をつけられているからだよ」
と、チェコは涼しい顔だ。
「ちくしょっー!」
タランは剣を突き出してチェコに突っ込むが、下から弾き上げられ、競技場に倒れた。
「あー、怪我か…」
タランが足を擦り剥くと、すぐにチェコが治療した。
「お前って、つくづく便利な奴だよな…」
と、やっている二人の前に、真っ赤に燃え上がったブリトニーが憤怒の表情で立ち塞がった。
「チェコ様!
私はチェコ様とでないと、練習になりませぬ!」
主だったクラスメートは、皆ブリトニーに粉砕されていた。
「ブリトニーとやってくれよ、チェコ。
実際に戦うより、お前とブリトニーなら、試合を見る方が勉強になる」
と、タランは胸の泥をはたいて立ち上がった。
ブリトニーは、美しい猪のように剣を手にして、身構えている。
と、兵士上がりの教官が、
「皆、今日は二年と合同訓練にする!」
不意に叫んだ。
授業時間の途中からの突然の合同訓練だが、もしかするとブリトニーがやり過ぎたのかもしれなかった。
チェコが十三なので、十四の生徒たちなのだが、男子も女子も、一回り体が大きい。
中でも、大人のような体つきの男が、
「へー、ブルーをぶっ飛ばした一年って聞いたけど、ずいぶんチビなんだな」
とチェコを覗き込み、不意に頭を乱暴に撫でた。
「チェコ・ラクサスです」
とチェコは友好と受け取ったが、男はチェコのシャツの袖をまくり、
「へぇー、こんなところの毛まで染めてるのか!」
と驚いていた。
チェコは、ルーンに聞いて、そういう薬があることは知ったので、
「調合しましょうか?」
脱色の原理は簡単なものだったし、チェコなら少し手も加えられる。
「いいよいいよ。
お前は俺が張り飛ばして、しばらく薬なんて作れなくしてやるから」
言うと、剣を構えた。
隙の無い構えだが、片手剣を使うまでも無かった。
男は、手慣れた、力の抜けた構えから、鋭く切り込んできた。
チェコは、わざとぎこちなく男の剣を跳ね上げた。
「おー、それを避けるか」
力の抜けた分、男のスピードは、早い。
すぐに回転し、今度は地面を擦るように、剣を切り上げる。
一瞬、遅れて、掠り気味にチェコは剣を右に交わして、男の手首に切っ先を落とした。
男は、少し驚いたように身を引き、
「なかなかやるな。
だが、俺は兄さんのようにはいかない!」
と剣の速度を早めた。
どうやらブルーの兄弟のようだ。
お返しのように小手を狙った剣を、ツバで弾き、
チェコは、ブルーの懐に入り込む。
「けけっ」
とブルー弟は、軽く笑い、
蹴りを繰り出した。
チェコは、ブルーの蹴りを、膝で受け、脇の下に剣を突き入れた。
ブルー弟が、弾け飛んで、地面を転がった。
ズボンの裾から、ツヤツヤの足が見える。
ルーンに、金髪に染める奴は、体の毛を脱毛する、と聞いて、実際見せてもらっていたので、それが脱毛と一目で判った。
「チェコ様!」
ブリトニーが叫ぶ。
背後にゴリラのような二年生が剣を構えていた。
「水流…」
チェコは、男の顔に水をぶちかける。
「よし、チェコの勝ちだな」
教官が止めに入ってくれた。
ブルー弟は、乱れた金髪を気にしながら、ゴリラ男に抱えられ、去って行った。
「えー、男と男で!」
チェコは、レストランで世知に詳しいフロル・エネルに、あのゴリラとブルー弟が出来ている、と聞いて驚愕した。
「あら、チェコとアドスもなかなかですわよ」
ホホ、と笑うのはエズラ・ラァビアン。
「あら、それならチェコとヒヨウじゃなくて」
とフロルは顔色も変えずに、トギツイ事を言う。
「顔のきれいなエルフには、そういうことを仕込むことも実際ある。
俺は、ギリギリ、落ちた。
髭の教官を殴ったんでな」
ふふん、とヒヨウは平気でジョークを返していく。
「俺、男女でどうするのかも知らないよ」
ポツリとチェコが呟いたので、テーブルは驚きの叫びが渦巻いた。
「そうか、知らなかったら、後で教える」
考え込むヒヨウに、ヒヒヒと笑うアドスは、
「女の子のお尻にな、あれ、入れるんだよ」
チェコは己のズボンを見下ろした。
が、アハハと笑い、
「またまた、すぐアドスは嘘を言うからな。
俺だって、お腹が膨らむぐらいの事は知ってる」
チェコが勝ち誇ったので、テーブルは思案の沈黙が流れ、パトスが。
「…まて、お前ら、チェコを信じるな。
こいつは、ウサギの繁殖も手掛けているんだ…」
とバラした。
「あー、なんだよ、俺が、チビの可愛い貴族を演じてるのに、邪魔するなよ、パトス」
アドスは髪を乱して、
「なんだよ、俺が馬鹿みたいじゃないか!」
と膨れた。
「だけど男同士って…」
声をひそめるチェコを、アドスが叩いた。
当のブルー弟が、確かにゴリラのような男子と、仲良さげに話ながら食堂を通った。