岩のゴーレム化
「なるほど、山で見たような段々畑にする、というわけだな」
ヒヨウは、むしろチェコより農業に詳しいので、すぐに判った。
「粟ならすぐに成長するし、葛なんかもできると思うよ!」
「…まあ、何か言われたときに、あの権利書があればこの一帯はプロブァンヌのもの、とは言える…」
パトスも頷く。
日陰や寒冷地でも、粟や丸芋、蕎麦、葛などは栽培できるので、もし畑が成功すれば大変な農業革命となるだろう。
ただし、ドリアンなどの悪人に気づかれなければ、だが…。
「まー、憲兵もゴブリンを恐れているようだから、陵墓の裏までは来ないはずだよ」
チェコは呑気に確信していた。
浄化した水を段々畑に流し、農業用水として流していく。
東のハイロン準爵側にある木はそのままにし、葛の蔓も雑木に這わせて、畑を隠す。
そうしておいて、日陰でも育つ植物を栽培するのだ。
「ドブ貝は大きいから水路の詰まりになるけど、こまめに取って畑の肥料にすれば、上等の土壌になるよ!」
働く男女も、
「あの貝が臭みを吸うんで、魚の味も良くなるんですよ」
確かに、思い付きにしては、チェコの下水改革や農業改革は、良い効果を生んでいるようだった。
今は、陵墓の裏に、一筋の浄水が流れているだけだ。
陵墓の森林の先に、数段の畑を作り、粟と丸芋を植えた。
ただし、畑が機能して収穫ができるのは、まだまだ数ヶ月先の話だ。
未だ大量の下水は、処理されずに捨てられており、浄化機能が間に合うのは、ほんのささやかな流れに過ぎなかった。
それでも貧民窟の生活は一変していたが、貝を集めるといっても無限ではなく、農業をするとなれば浄化槽も、もっと巨大なものが幾つも必要だった。
そして、そんな規模で農業を始めてから、寝耳に水のヴァルダヴァ男爵が、果たして貧民を許す、などという可能性は、毛虫の針ほども無いのではないか?
ヒヨウは、複雑な眼差しでチェコたちの隠し畑を眺めた。
夜になると、チェコは庭に出る。
カーマと、修行をするのだと言う。
回りで見てもカーマは見えないが、そこに確かにカーマはいるらしい。
何故なら、結構スパルタに、チェコは張り飛ばされたり、潰されたりしているからだ。
小柄な体は傷だらけになっていたが、確かにチェコの左手剣は本物になってきており、老ヴィッキスでは相手ができなくなり、警備の兵士が相手をしたが、
「若様は、末恐ろしい剣士になりますよ…」
と口々にほめた。
この世界にも色々な流派の剣があったし、コクライノの屋敷には、中でも腕の立つ者ばかりが派遣されているのだ。
それでいてチェコは、毎日、バトルシップに通い、ルーンやタッカーと腕を磨いていた。
「消滅…」
新たに現れた召喚獣を除去するカードだ。
黒であり、二アースかかる。
ただ、全く完璧に、跡形もなく召喚獣を消し去る、のが強みだった。
「岩のゴーレム問題は解決できないけど…」
チェコは、だいぶ少なくなった小遣いから五枚のカードを購入していた。
「俺はどうするかなー」
ルーンは、緑アースの使い手だった。
キノコになーれ、が除去の定番ではあったが、石化を失った事で、緑や紫など石化に除去を頼っていたランカーたちは、大いに頭を悩ませていた。
「どのみち石化を入れないわけにもいかないしなー」
と、未だ石化に未練を残すプレイヤーもいる中、
「もし相手が岩のゴーレムを使ったら、そこで除去すれば良いだけだろ?」
と割り切る者もいる。
ルールでは、石化した後の石もアイテムとして破壊できる、という公式見解が出されたが、しかし、それはただの路傍の石なのだ。
そこにアイテム破壊カードを割くのか、と言われると誰もが悩むところではあった。
「大変だ!」
新しいカードが入荷したが、それは、その日一番のパニックを、子供たちに引き起こした。
「え、岩のゴーレム化?」
チェコは首をかしげる。
「全ての召喚獣を、石化じゃなくて、岩のゴーレムにできるんだ。
つまり、敵召喚獣を、一瞬で自分の召喚獣にできるのさ!」
興奮した誰がが、熱心に解説した。
石化がすっ飛ばされた訳だ。
確かに、魔法的には難しいことではなかったかもしれない。
だが、実際戦うとなると、岩のゴーレム化が現れたことは、無色、岩のゴーレムデッキ、といったものが現れる可能性を含んでいた。
「味方が、急に敵になる…」
チェコも、これは驚く。
「まー、岩のゴーレムが、飛び抜けて強いカードじゃないけどな」
ルーンは頭を抱えた。
しかし逆に、頑張って出したドラゴンや天使が、一瞬で三/三の敵カードになるかもしれないのだ…。
「ん、天使対策に、持っててもいいかも!」
チェコは混乱しながら叫んでいた。
それなら消滅でいい、とは気がついてない。
と、そこに、夕方までのんびり寝ていたタッカーがやってきて、
「結局、相手のデッキに依存するデッキ、じゃ、勝てないんだよ」
と前年度、コクライノ大会8位の威厳で、皆を落ち着かせた。




