大鷹
鳥のうちでも優れた飛行能力を抜いて持つ大鷹と、スペルでフワフワ浮いているパトスでは、同じところを飛んではいても、決して空では対等ではない。
「召喚、水の精…」
素早くパトスはアースを確保する。
戦うにしろ、逃げるにしろ、少々相手が悪かった。
パトスは子犬ほどの大きさの生物であり、大鷹はガチョウなどものの数に入らない空の化け物なのだ。
パトスは十秒待って、あと二体の水の精を並べると
、大鷹の動きを見守った。
森に降りるのは、よほど良い地形を選ばなければ大鷹から回避することにはならず、かといってスペルで攻撃するなら、敵から攻めさせたかった。
回避が間に合わないほど接近させなければ、素早い大鷹に雷を当てられないのだ。
だが、この鳥は、ただパトスを眺め続けている。
鳥の考えることは、判らない…。
パトスは唸った。
これだけ大きな鳥ならば、大鷹としても成鳥のはずであり、パトスがスペルを使うくらいは理解してもおかしくはない。
子犬が空を飛んでいるのだから。
その上で、なぜ様子見のような態度に出ているのか?
自分はスペルにはやられない、と言うような確信でもあるのだろうか?
ナメられたものだが、しかし大鷹は強敵なのでパトスとしても、繊細な判断が求められる。
だが、五体の水の精が揃ったら、話は別だ。
パトスは素早く出せる限りの水の精を並べると、大鷹を待ち構えた。
攻めれば、打ち落とせる。
攻めてこないのならば、後悔させてやる。
パトスは大鷹の動きを計った。
大鷹は、しかし別段の動きを見せない。
おそらくは、パトスが川沿いから離れないのを察知して、性急に責める必要はないと判断しているのだろう。
スペルは、無限には使えない。
飛行も便利なスペルだが、限界はある。
大鷹にしてみれば、弱ったところに襲いかかれば良い、という計算なのではないか…。
アホめ!
パトスは罵り、
「召喚、ドレイク!」
三/三の飛行召喚獣であり、小型のドラゴン。
大鷹が森の空を支配するなら、ドレイクはもっと広く高い空を支配するものだ。
大鷹は、だが特に動揺した様子は見せない。
時間をかけるつもりなので、驚かないのかもしれない。
パトスは、ドレイクへ攻撃を指令する。
が、ちさが、止めた。
「、、待ってパトス。
彼には、襲うつもりが無いようだわ、、」
「…襲うつもりがない…?
なら、なぜ付けてくる…?」
「、、それは判らないわ、、。
でも、大鷹が、襲う気になったなら、仕事は一瞬よ、、」
確かに、猛禽が獲物を狩るにしては時間がかかり過ぎているようには思える。
「…それなら奴は、何をしている…?」
パトスをからかっているのか?
しかし、いずれにしろ、ドレイクならば、大鷹ぐらい追い払うのは訳もないはずだ。
パトスは前を見たまま、背後数十メートルの大鷹を見た。
ほぼ犬の骨格を持つパトスには、造作ないことだ。
しかし…。
なぜ、この鳥が、パトスを追いながら、しかし襲わずにいるのかは理解できない。
ここはゴロタの森で、全ての生き物は、ただ生きるために活動をしている。
それは食人植物も擬態蟹もグズリも同じであり、糞をして空になった胃に、新たな食物を補充する。
ただ、そのための空間。
そのはずだった。
むろんパトスも、この山に神がいるのは知っている。
精獣もいる。
彼らは、おそらくは、もっと高い次元のもののはずだ。
それは、食事の合間に学習をしたり、生産活動を織り混ぜる人間の、その先にある次元なのだろう。
それが何か…。
そんなものは、パトスも判らない。
チェコとふざけたり、りぃんの散歩に付き合ったり、パトスの毎日は、そんなことで満たされており、合間に糞をして、食事をする。
それだけのことだ。
なら、この鳥は何をしているのだ?
糞もせず、食事もしないで、パトスを眺めるだけなのか?
川は絶えず蛇行を繰り返し、やがて湖に出た。
パトスも知っている湖だ。
虹カマスの湖だった。
今回、パトスたちはゴロタの森から、川を下って湖に達したのだ。
まんざら、動物森から遠くは無かった事にはなる。
ふん、低湿地だったのではなくて、湖だったのか…。
そのため、塩杉の匂いが流れてきていたらしい。
湖に出ると、キャンプしていたらしいチェコが、
「パトスー!」
と手を振った。
キイィィィ!
大鷹は、歌うように鳴くと、ゴロタの森に帰っていった。
ドレイクをけしかけないで良かったかもしれない…。
パトスは思った。
あの上昇能力をみると、なかなかドレイク一匹で仕留められるような奴では無かったようだ。
やはり、爬虫類であるドレイクより、鳥は飛行に巧みであり、特に俊敏な動きは、なかなか敵わない。
今度、カードショップでみてみよう。
パトスは、チェコが両手を広げている、その目の前の地面に着地した。