エツの国
チェコは現状、六アースを出せるので、最大ハンザキを召喚できる。
ただし、初手でハンザキを出しても、アースが空ではハンザキを守ることも、再生させる事もできないので、それは下策だ。
かといって大地のアースや黄金蝶をせっせと展開するのもあまり良くない。
なぜなら、まだ相手のデッキが展開していない初撃は、先制攻撃に一番向いているからだ。
まず相手のライフを削っていれば、今日のマイヤーメーカーのように戦いを有利に進められる。
後からみれば、初手に張った戦車で殴って勝利を掴んだわけで、まさにマイヤーメーカーの思う通りに戦いが進んだ訳だ。
相手も決して弱いわけでもなく、忘れられた地平線などの最新カードを組み込んでいたのだが、マイヤーメーカーは火球、雷、二度目の対象、青の消滅、という、昔からある典型的な赤のカードで勝利を掴んだ。
戦車も、特に高額な召喚獣でもなく、本当にありきたりなカードだ。
買えば、安ければ五十リンくらいで買えるかもしれない。
特に能力もないし、タフネスは二という、チェコなら興味も湧かないようなカードだ。
だが、マイヤーメーカーは、全く悩む事なく、淡々と勝利を手にした。
まさにデッキが凄い、というよりプレイヤーの力のようにチェコは感じた。
未知のカードに対して二度目の対象変換は出来ないはず、と読むのはベテランの味だが、そこに賭けてくる凄みはある。
チェコにそういう部分が無いのは仕方ないとして、デッキを良く構築する事は出きるはずだ。
最初のターン、ハヌートに二つ頭を二度がけする…。
もちろん、今日マイヤーメーカーが猛火で一しゅうしていた形だが…。
ただ、チェコが今持っているカードでできる初撃としては現実的かもしれない…。
いや、それよりも…。
と思ったところで意識が消えて、チェコはカーテンも閉めず、窓も開け放して、大きなベッドの上でカードを持ちながら眠っていた。
「さあ、チェコ様、今日から学校が始まりますよ!」
アンが元気にドアを開けた。
本物の馬に引かれた馬車がドリュグ聖学院に横づけそれ、今日もストレートヘアに擬態した髪のチェコが馬車を降りると、
「チェコ様、おはようございます」
と、ふわふわしたブラウンヘアの少女が声をかけてきた。
「あ、君は…」
エクメルがリードン公爵の長女リリタ、とチェコに教える。
「リリタ。
おはよう」
チェコは笑顔の講習を老ヴィギリスに受けており、早朝にしては及第点な笑顔で挨拶をした。
「ピンクのリボンが可愛いね」
挨拶に一言そえる、と言うのも笑顔講習で習ったことだった。
「まあ、本当ですか!」
ここまで食いつくとはチェコは思っていなかったため、微かにうろたえ…。
「うん、君にはその色がとても似合うようだよ…」
笑顔を顔に貼り付けたまま、チェコは苦しく返答した。
チェコは、こんな貴族の雑談などが適切に切り回せるような生き方は、リコ村では全くしていなかった。
会話のラリーが続くごとに苦しくなる。
「これは母様が選んでくれたんですの!」
「とても仲の良い親子なんだね」
かなりライフを削られながら、チェコはなんとかラリーを返した。
「ええ。
母様はとても優しいんです。
昨日も一緒にお風呂に入って、髪を洗ってもらいました!」
「あらあら、親が下級貴族だとそんなことまでするのかしらね」
へ、と見ると、エズラ・ルァビアンが、今日は細かい竹細工の扇子を口にかざしながら笑った。
「ひどいわ、エズラ。
母様は公爵よ!」
反論するリリタに、金髪を両耳の上でボリューミーに編み込んだエズラはカラカラと、
「今はね。
でもお生まれは確か騎士の家系でしたわね?」
笑った。
チェコは、
「騎士は立派な家柄じゃないの?」
と驚くと、エズラは。
「あら、貴族としては半人前ですわ!」
と鈴のように笑った。
「エズラは家系にこだわるんだね」
チェコは、かなりライフを消耗しながら、微笑をなんとか維持している。
貴族の家系、などチェコはいくら教えられても覚えきれない。
「でも、お母さんと一緒にお風呂に入るなんて、とても幸せな良いことだと思うよ」
チェコは、なんとか父の存在と、今はもう違うにしても祖父の顔は見たが、母がどんな人かは、未だ判らなかった。
「エズラはお母さんが嫌いなの?」
エズラは、ん、と考えて。
「大好きですわ!
この扇子も、お母様に頂きましたのよ!」
「とても素敵な…」
りぃんが、
「僕ノ国ノ匂イガスル」
と呟いた。
「南の国の彫刻だね」
「あら、お判りですの!
そうですの、エツという、遠い異国の聖妙な彫刻ですのよ!」
えつノ国…。
りぃんの中に、その国名が刻み込まれた。
チェコは、すりきれた笑顔をなんとか維持しながら、教室に入った。