猫
なんとか猫を平原に引き摺り出し、手痛い一発を与えてやる。
敵は狡猾で、老練だが、同時にスマートな捕獲者だ。
手強い、と思わせさえすれば向こうから立ち去るだろう。
しかし、問題は太陽だった。
こんなところで長時間はいられない。
猫の奴は、それを判っていて、薄笑いを浮かべて森でパトスを眺めているのだ。
持久戦に持ち込まれれば、パトスは負ける。
負ける、とはこの場合、即、食われる事だ。
だから、なんとか猫を草原に引き摺り出す必要がある。
おそらくは、それだけで猫はかなり驚き、上手くすれば逃げるかもしれない。
今は、相手を追い詰めすぎて死闘になったりすると、パトスは逆に困ってしまうから、驚かせられれば良い。
適度な、そして充分なダメージを、猫に負わせる必要があった。
猫の位置と体格は、おおよそ判っている。
臭すぎて吐き気を催すような猫、おそらく、かなり大型の猫科の生物の、雄だろう。
最悪ではあるが、子連れのメスよりはマシと思う。
シンプルな、一体一の勝負になる。
パトスは今、二つのスペルボックスを持っていた。
一つは自分で用意したもので、チェコとデュエルしたときのものに、雷や仕掛け矢などを加えたものだ。
それとは別に、チェコがお節介を焼いて持たせたデッキも入っている。
ここには大地のアースや黄金蝶、青一アースの召喚獣、水の精、等も入っていた。
水の精は、一/一だが、タップで青アースを一つ出せる。
大喜びで購入したチェコだが、緑の方が使いやすいのでボツになった召喚獣だ。
パトスには、この上もない召喚獣だ。
前のデッキに入れてなかったのは、そのときは忘れられた地平線を守れば勝てる、と思っていたからだ。
まずは、軽く召喚獣でも出してやるか。
それだけで、結構牽制になる筈だ。
「…水の精、召喚…」
ぽん、と昆虫のような透き通った羽根をもつ小さな子供が、現れた。
デュエルではないので、アースを余らすこともない。
二体目の水の精も、召喚する。
猫は、身じろぎもしない。
ただパトスを、眺めていた。
猫の奴、これを理解して涼しい顔をしているのか、それともスペルなど判らないのか…?
まあ、それはどうでもいい。
雷を食らえば、嫌でも判るだろうからだ。
パトスは十秒待って、属性分解により青二アースで雷を、猫に向かって撃ち込んだ。
雷光は、一瞬で猫のうずくまった木の枝に突き刺さり、ゴゥ、と、爆発した。
猫は、慌てて枝から跳び、隣の木に跳び移った。
猫の体臭が強くなる。
アドレナリンを分泌しているのだ。
パトスは人間と共に暮らしていたので、野生動物の心の移ろいをあまり知らない。
おそらく怒っているか、驚いているのか、つまり大きな動揺を感じていた。
さて…。
パトスは、野生動物などと戦ったのは初めてだ。
無論、チェコが戦っているときに、その傍にはいた。
だが、パトスなりに身を守るなり、周囲に気をつけるなり、他の事に集中していたので、獣の心の移ろい、等はとんと疎かった。
猫は、どう動くのか。
襲いかかるのか、逃げるのか…。
あまり追い詰めたくも無いから、パトスは猫を眺めた。
だが…。
猫は、不意に叫びを上げた。
精獣であるパトスには、この獣の言葉が判った。
「ナメやがって、このクソちびがっ!」
叫んで、ほとんど狂乱状態となって、草原に降りてきた。
熟成したハンターだと思ったのだが、パトスを子犬と見ていたぶっていた若い猫だったらしい。
油だまり、を使うと、身体ばかり大きくなった猫は、ズデッと面白いように倒れた。
「雷!」
油まみれの猫に、雷を打ち込むと、猫は盛大に燃え上がった。
「…死んでろ、馬鹿め…」
パトスは罵り、草原を出た。
再び森に入る。
「、、パトス、火災の危険はないの、、」
ちさが聞いた。
「…あれだけ、湿度が高ければ、平気だろう…」
意気揚々とパトスは答える。
なんだ…。
と、この時、パトスは思っていた。
意外と、一晩くらい、簡単に過ごせるかもしれないな。
森を進むと小川が流れていた。
パトスは用心深く臭いを嗅ぎ、小川を飛び越える。
飲料には適さない、と判断したのだ。
おそらく動物森から流れてくる水の臭いがした。
危ない危ない…。
と軽く考えたパトスだが、ん、と気がついた。
あの水を飲んだものは、内臓から植物に食われる。
と、なると、この辺には…。
改めて臭いを確かめると、確かに食人植物の臭いがあった。
この手の植物は、特に強い臭いを出さないので用心が必要だ。
足元の草が噛みつくかも知れず、頭上の蔓草が、不意に蛇のようにうねって飛んで来るかもしれない。
パトスは、うっかり動物森の下流域に足を踏み入れていたのだ。
まぁ、逆に変な動物はいないから、判っていれば大丈夫だろう…。
そのときはまだ、パトスはそんな風に考えていた。