山へ
「パトス、ゴロタに頼んで上げようか?」
チェコは聞くが。
「…俺は、野良になったことなんて一度も無いんだ…。
…生肉を食べるなんて、絶対に無理だ…!」
ふふん、とミカは嘲笑い、
「パトスに狩れる獲物なんているかしらね?」
「やってみれば、案外なんとかなるよ!
トライしよう!」
チェコは、アース欲しさに励ました。
「まー、いきなり一人で、というのは心細いだろう。
チェコや俺も付いて行くから、一晩くらいゴロタの森に入ってみたら、確かに一番近道かも知れないぞ」
とヒヨウが勧める。
「…馬鹿め、俺が本気になって森に入れば、エルフと言えども追いつけはしない…!」
パトスは勝ち誇ったが。
「おー、じゃあ、やるんだね、パトス!」
チェコは、反論をそのままYESと受け取ったらしい。
え、とパトスはひきつるが、しかし今さら、やらない、とは言い出せない空気になっていた。
次の休みの日の前日の夜から、パトスはゴロタの森に入る事になってしまった。
一応、首輪代わりに魔石をつけた。
これで、青ニアースが出る。
それなら雷も打てるし、スペル無効化やバブル、水流などのカードも使える。
「、、あたしも、付いていってあげるわ、、」
ちさも言う。
それなら黒アースが使えるので、ダメージ反転なども使え、安全性が増す。
「まー、俺もりぃんと追いかけるよ」
チェコも、なにか楽しげだ。
あの森って、夜はお化けだらけになるんじゃなかったか…?
パトスは、改めて不安になった。
まあ、その辺には、ちさのアドバイスが期待できるが、生物たちは至って狂暴だ。
ジャガーやスライム、ドゥーガなども恐ろしいし、食人植物も当たり前だ。
だいたい、この魔石で既に、青ニアースが出ているではないか?
なにを好んで、そんな危険に身をさらす事がある!
思うが、しかしパトスにだってプライドがあった。
今さら逃げ出すわけにはいかなかった。
「おー、久々の黒龍山だ!」
週末、チェコたちは、すっかり忘れていた森の空気を感じていた。
銀嶺山は、塩杉だらけで独特の香気だった。
やはりチェコやパトスにとって、山の匂いといえば、この黒龍山の、藪臭い濃密な森の匂いが懐かしい。
コクライノから来たので、リコ村は、まだ数キロ南だ。
馬車停めに、高級な黒塗りのラクサス家の馬車を停め、果てしない草地に、パトスは突っ込んで行った。
チェコと一緒なら、草を倒しながら進むが、パトス一人なら草の間をすり抜けて行けるのだ。
黒龍山でなくとも、草原などもパトス一人なら、はるかに快適に進むことが出来た。
するすると草の間を抜けて、パトスはあっという間にゴロタの森に入り込んだ。
しかし…。
と、パトスは考える。
俺には、どの程度の戦闘力があるんだ?
パトスは、一度として生き物と戦ったことなど無かった。
チェコのウサギとも、ぬくぬくと日向ぼっこをする友達だ。
たぶん、戦えばウサギくらいは勝てるだろうが、と、なるとパトスの戦闘力はニ/ニくらいだろうか?
狐などは、たぶん成犬よりも強いはずだ。
パトスにはスペルカードがあるのだから、戦いようによっては勝てるだろうか?
全く判らない…。
ただし、この一週間、考えて、別にそれほど本気の戦いをしなかったとしても、チェコが困るだけでパトスは全く困らない、事に気がついていた。
無理に戦わなくとも、逃げれば良いのだ。
そのためのスペルなら、バブルや飛行など、様々にパトスは用意していた。
幻は、自分のコピーを作るスペルだし、一時の悪夢、は一ターン、五/五の召喚獣が敵に襲いかかる、というスペルも揃えた。
あとはチェコのアイテムカード、爪の罠、や仕掛け矢、かんしゃく玉、などもある。
当然、緑の、二つ頭やスズメバチなども用意していたから、仔犬姿のパトスとはいえ、むざむざ狼や狐くらいとは、殺し合いは無理として、脅したり、逃げたりする分にはやれるはずだと考えていた。
食べ物は、蛇や虫で充分だった。
無理をしないで一晩乗り切れば、それで良いのだ。
ゴロタの森に入ったパトスは、用心深く臭いを嗅ぎながら、森を歩いた。
イノシシがいるようだ。
イノシシは雑食であり、パトスのような仔犬が一人で歩いていれば、襲って食べる事もある。
だが、野生の勘だろうか、イノシシは逃げるように立ち去っていった。
ふん、運の良い奴、などと相手を嘲笑いながらパトスは森に進んでいく。
微かな臭いがあった…。
これは危険な奴だ…。
大型の猫科の動物の、ツンと鼻をつく、強い臭いをパトスは感じた。
猫科はヤバかった。
奴らは、森では、平野よりずっと手強くなる…。
パトスは木登りは苦手だが、奴らは地上も樹上もほとんどかわりなく進める。
スペルで逃げるにしても、地の理は奴らにあった。
なるべく関わらないように、と遠ざかったパトスだが…。
どうやら、猫は敏感に、仔犬の臭いを発見したらしい。
猫は俊敏に、木の上を駆け寄ってきた。