紋
チェコは夜半にラクサス家に戻った。
簡単な夕食は銀嶺山で済ませていたので、ざっと風呂に入り、早々に引き上げた。
自室で、シャツを脱いでみる。
エルフの村にも、リコ村にも全身がうつる姿見などは無かったが、この部屋にはあった。
ほう、とチェコは、自分の姿を鏡に映してみた。
左手に、Fの図形を根元から丸く四つに広げたような、赤い紋が皮膚から浮き出ていた。
これがカーマ神の紋なのだという。
この紋は、左手の甲、腕、肩の三カ所に浮き出ている。
肩の紋が一番大きく、次に腕、手の甲は肩の紋の半分ほどだ。
この紋が、一つづつ一アースを出してくれる、という。
体を半回転させ、右手には虎の額の縞のような一本の縦筋に五本の横筋が走ったものが、肩から、縦線が一本に繋がるように、やはり三カ所、緑がかった線が浮き出ている。
まだ子供の体とあまり変わらないチェコの肉体だが、なんとなく紋の分だけ強くなったような気がする。
しばらく左手剣の使い方を練習して、チェコは倒れるように眠った。
「さて、剣術大会が開かれることになりました!」
教室でキャサリーンが、満開の笑顔で宣言した。
え、そんなの聞いてない、と生徒たちはザワつく。
「生徒会の発案で、開催されることに決まったのよ。
全員参加よ!」
結構、面倒な事になりそうだった。
「どんな試合形式なのですか?」
ヒヨウが怪訝に質問する。
「厳正なるクジによって、一対一の試合が組まれる事になっているわ!」
「え、六年生と戦うのかもしれないの?」
パトリックが、悲鳴のような声で叫んだ。
「棄権も出来るから安心して。
目的は、己の実力を知ることよ!」
始業ベルが鳴ったので質疑は打ち切られた。
「どうも臭いな」
と、ヒヨウは不信感を露にしている。
「どう言うことだ?」
とアドスが机から乗り出すようにして、チェコの奥のヒヨウに聞いた。
「チェコはブルー準爵を倒しているからな。
ちょっと見せしめにしてやろう、ぐらいの事は考える奴が生徒会にいる、ということだ」
ええっー! とクラスは騒然となるが、チェコは。
「ふーん、面白そうじゃない」
と、山から続く目の輝きを見せていた。
その日も剣術の授業があったが、チェコは両手剣でブリトニーの相手をしていた。
だが、チェコは明らかに山に登る前とは違う動きを見せ、ブリトニーを交わして背後から切ったり、飛び打ちを見せる事もある。
「チェコ様。
腕を上げられましたね…」
汗を滴らせて、ブリトニーは唸った。
「うん。
連休に修行したんだ」
「伸びていく男性って、ス、テ、キ…」
呟き、ブリトニーはいつものようにチェコに抱きついた。
それはあえて、チェコは避けなかった。
剣術大会に備えて、学生たちは午後に居残り練習なども盛んになったが、チェコはいつものようにバトルシップに向かった。
「へへへ、これが新しい防ぎの石、さ」
ルーンがチェコに教えてくれた。
灰色二アースで張れるアイテムで、場に出したとき、色を指定する。
その色一アースを、一つのマジックにつき一つ、防ぐ。
単色デッキには重い枷になるし、七枚並べたら全ての色カードを一アース余分に払い、また同じ四アースでも、緑一つと灰色四つ、などの場合、緑と灰色、二つを防ぐため、余分は二アースに増加する。
また、多色デッキもマルチカラーカードなどは、ほとんど動かなくなるのではないか、という万人に痛いカードだった。
「んー、マイヤーメーカーと対戦するから赤を一つ、っていうのは判るけど、自分も動かなくなったら困るよね?」
ケケケ、とルーンは笑い。
「そこはプレイングの問題だな」
と笑いながら話した。
んー、とチェコは頬つえをついて、
「うまく単色デッキにぶつけて、二アース、三アースと絞っていければ強いけど、自分が動けなくなったらしょうがないしなー。
デッキに入れるより、アイテム破壊を持った方が早いかなぁ…」
「ただ、そんだけでアイテム破壊を抱え込むのも苦しーぜ」
確かに。
確率として、アイテム破壊は、現在の魔法流通では最も利用頻度の低いカードだった。
デッキに常備して腐らすのも、かなり痛い。
だからこそ、このアイテムが厄介なのだ。
「あれ…、なんか、あったよね。
全ての魔法を、なんでも一つ破壊する奴…?」
「あるよ。
白、破壊の妙薬、五アース」
「ああ、白か!」
チェコは、机に頭をゴツンと落として、そのまま頭を抱えた。
仮に破壊の妙薬を持ったとして、チェコが無事に白アースを使えるようになったとして、この石を張られたら、このスペルは使えなくなるわけだ…。
思うより、防ぎの石、は厄介に機能しそうだった。
実戦だったら、もう張りまくりになるかもな…?
ちら、と考えたが、おそらく実戦なら、もっと即物敵なカードが機能するだろう、と思い直した。