吸血鬼
吸血鬼が、滑るようにチェコに襲いかかった。
早い!
ブリトニーなどより圧倒的なスピードで、虎よりも、ずっとテクニックに長けている。
チェコが加速をつけるタイミングは全く無かった。
だが、あえてチェコは、一歩、踏み出しながら吸血鬼の突き出す手を、青鋼で受け止めた。
しかし、右手で突いた次の瞬間には、吸血鬼の左手が、下から、えぐるようにチェコを襲う。
その手を、チェコはガントレットで受け止めた。
押さえた形には、何とかした…。
が、巨大な吸血鬼を、それで止められる訳もない。
スズ…、とチェコはそのまま押されていく。
山頂の端まで押されれば、チェコは転落するしかない。
どうするか…!
チェコは戸惑うが。
チェコはなんとか力を込め、一瞬、吸血鬼を押し返した。
そして、不意に屈むように、ガントレット側に逃げた。
その際、青鋼を、すれ違った吸血鬼の脇腹に滑らせる。
吸血鬼は、わずかによろめいたが、一瞬で態勢を整えた。
チェコはスライディングをしたので、その分遅れた。
その隙を逃さず、吸血鬼は飛びかかってきた。
チェコは、虎にしたように、待ち構えて剣を突き出すか、と一瞬、迷ったが、おそらく吸血鬼には通じない、と判断した。
あれだ!
聖水。
アイテムスペルであり、聖なる水が瓶に入ったものだ。
飲用にもなるのだが、本来、これは魔を払う水だった。
チェコは素早くアイテムスペルを発動し、吸血鬼に投げつけた。
バリンと瓶が割れ、吸血鬼は、山に響き渡るような声で、悲鳴を上げた。
聖水に当たった顔面が焼けただれていた。
吸血鬼は、頭から地面に落ちた。
それをチェコは足で踏みつけ、青鋼を心臓に突き入れた。
だが、なんと吸血鬼は、片手で青鋼を受け、チェコを払いのけた。
チェコは吹き飛ばされ、山頂から落ちないように、岩肌にしがみついた。
「この餓鬼め、全身の血を吸い尽くしてくれる!」
吸血鬼は、怒り狂っていた。
チェコは、へら、と笑って。
「なら、回復してやるよ」
言って、チェコはスペル、回復、を吸血鬼に使った。
吸血鬼は、悶え苦しんだ。
やっぱり!
チェコは、悪魔と戦ったあと、もしかしたら、この手の攻撃に弱いのではないか、と思い付いていた。
再び、青鋼を吸血鬼に突き刺した。
が…。
「…小僧。
吸血鬼相手に、接近戦は不用意にしないことだな…」
しゃがれ声で口早に話すと、同時に吸血鬼は、チェコの体に、人差し指を突き立てた。
ナイフのように尖った爪が、チェコの脇腹に突き刺さった。
「がっ!」
チェコは転げ倒れた。
くくく、と吸血鬼は笑いながら立ち上がる。
「俺様をコケにしてくれた礼は、何倍にもして返してやるぜ…」
言いながら、吸血鬼は、チェコに突き刺した爪を、異様に長い舌で、ベロリと舐めた。
「ダメージ転移!」
チェコは、スペルを唱えた。
吸血鬼が、どぅ、と弾けた。
チェコの傷は、癒えている。
「くそ餓鬼が…」
倒れた吸血鬼は呻く、がチェコは、吸血鬼に飛び付くと、その長い腕を攻撃した。
片腕は青鋼でグズグズに切られたが、吸血鬼は身をよじり、もう片腕で襲いかかる。
その瞬間、チェコは両手で、青鋼を頭上に切り上げた。
スパン、と吸血鬼の手が、闇の中に消えていく。
片手を失った吸血鬼の、グズグズに切り突けた腕を、足で押さえて、メリハリとチェコは、切断していく。
「小僧、この仕返しは必ず!」
叫ぶ吸血鬼に、チェコは、
「スペル聖水!」
と瓶を召喚し、吸血鬼の頭に、聖なる水をかけていく。
のたうつ吸血鬼の、胸に青鋼を撃ち込んだ。
そのまま、剣を踏みつけて、青鋼を吸血鬼の胸の奥まで突き刺して。
「最後の聖水は、お前の心臓に直接流し入れてやる!」
言って、チェコは青鋼の刃に沿って、タラタラと聖水を流した。
吸血鬼の体が、グシャリと潰れた。
巨大な吸血鬼は、焼けただれて、干からびていき、青い炎を上げながら、燃え縮んでいった。
やがて、カラン、と黒焦げのドクロだけが、山頂に倒れた。
チェコは、疲れ果てて、青鋼を抱いて、座り込んだ。
「や、殺ったのか…?」
呟きながら、チェコはしかし、剣を抱いたまま、眠りの中に落ちていく。
「…チェコ、チェコ…!」
パトスに耳を噛まれて、チェコは飛び起きた。
どうも、チェコは夜営した場所で、防水布にくるまって寝ていたようだ。
「…あ、あれ…吸血鬼は?」
「…何をアホなこと、言ってる…。
早く動かないと夕方までに帰れないぞ!」
よろよろとチェコは立ち上がり、簡単に麦せんべいを食べると、森を下った。
水場は判っていたし、瞑想ももうしなかったので、チェコたちはまだ陽が赤くならない前に、初日の広場に戻る事ができた。
ヒヨウとナミに、チェコは迎えられ、エルフの白装束を脱がされた。
「驚いたな…」
ヒヨウはチェコの左手を持ち上げた。
「カーマの刺青が出来上がっている」
あぁ、やっぱ、あの吸血鬼は、カーマだったんだな…。
なんとなく、チェコはそんな気がしていた。
「右手に、虎の刺青もある。
二つの守護聖獣と契約したのは、エルフの五千年の歴史でも、お前でニ十人目だよ」
とナミも語った。