山頂
「ちさちゃん、あれって…?」
「、、触らない方がいいものもあるのよ、チェコ、、」
ちさも同意見のようだ。
チェコは、小川で顔を洗い、立ち上がった。
「よーし、今日中に頂上は制覇しないとな!」
帰る時間も考えると、どうしても、そうでなければタイムリミットになってしまう。
水場から岩場に戻って、岩の道を登る。
道は作ってあるのだが、それでもかなり険しい道だ。
階段と言うよりは、崖に近い。
頂上の岩山を、ほぼ一周するように、道は続くような感じだ。
少し登って振り返ると、あの水場が最後の緑地のようだった。
太陽は天の頂点に達しようとしていた。
激しい日差しがチェコを焼いていく。
焼くのは、チェコだけではなく、石の温度も、急速に上がっていく。
その分、チェコの体感温度も強烈に上がっていた。
「くそー、飲んだ水が、みんな汗で出ちゃうよ…」
真夏のような暑さに、パトスは声もない。
だが…。
不意に影に入ると、風が涼しい。
どうやらチェコたちは北側に回り込んだようだった。
「おー、あっちは…」
まだ見ぬ外国、ドルキバラの深い森と、そしてはるか地の果てには。
青い水平線が、果てしなく広がっていた。
あれがクジラの住むと言う湖、北嶺湖か…。
チェコは息を飲んで、異国を見つめた。
「…チェコ、ぼんやりしている暇はないぞ…」
パトスが、久しぶりに口を開いた。
ああ、とチェコは異国から目を反らした。
ここは、本当に国境なんだな…、となにかワクワクしながら、道を進む。
日差しさえなければ、行程はずいぶんと楽に感じる。
険しいところもいくつもあるが、やがてチェコは、平らな岩の原っぱに到達した。
頂上だ。
久しぶりの太陽は、微妙に、ではあるがピークは過ぎている、と感じた。
ここで水を飲み、軽く食べて、瞑想をした。
しばらく座っているが、ピンと来ない。
「あれ、おかしいな…」
何度か座る場所を変え…。
北端に座り直すと、なにかピタリと決まった気がした。
遠く北嶺湖を見晴らかし、チェコは吸い込まれるように空の青の中に溶け込んでいった。
まるで、空中の水分になって、はるかな空を漂っているかのようだ。
水分は、風に乗って果てしない空を漂っている、そんな事に、チェコは気がついた。
はるかな空を雲のようにさ迷っていると、やがて空の青が固まった存在を感じた。
とてつもない巨大さだ。
「…竜…?」
チェコの呟きを、問いと感じたのか、竜は、薄く笑った。
竜は、鉄鼠とは全く違う…。
それに安心しているうちに、チェコは地上に戻ってきた。
「はぁー、なんとか終わったよ!」
チェコは達成感を感じるが…。
「…なんにも終わってない…。
早く下りないと、日が暮れるぞ…!」
まだ空は青かったが、日が傾いているのは明白だった。
山頂での夜営など不可能だった。
風を避ける場所も無いのでは、気温が高くても凍えてしまう。
チェコたちは元の道を戻ることにした。
「うーん。
下りの方が、足が辛いな…」
達成感を感じた反動か、チェコは疲れを感じ始めていた。
太ももとふくらはぎが、ズシンと痛い。
息を荒げながら、再び太陽を見たときには、空は黄色くなりかけていた。
風が涼しい。
「…ちょっと風が強いかもしれない…」
パトスが警戒する。
「あの水場まで下りた方がいいだろうね」
それ以外は、岩しか無いのは、もうチェコも知っていた。
きつい下りを、痛む足で下りていき、真っ赤に空が染まる頃、やっと針葉樹の森にたどり着いた。
水を補給し、痛む足に、見よう見まねのエルフタッチを施しているうちに、どんどん太陽は落ちていく。
慌ただしくチェコは麦せんべいと味噌、ゴマペーストなどを食べ、防水布をかぶって眠った。
ふと、寒さで目が覚めた。
一日目の夜営地より、かなり高い場所だからか、ずいぶん冷えた。
特に地面が冷たくて、体が凍えた。
「うー、しっこかな…」
などと微睡みながら呟き、木陰で用をたし、濡れた辺りを土で覆って戻ると、
そこは、山頂だった。
はるかな星空が、あり得ない分量で降り注いでいる。
「っな、馬鹿な!」
驚くチェコに。
「馬鹿ではない。
これが、銀嶺山なのだ…」
という、低い声に振り返ると、そこに真っ黒い、巨大な影が立っていた。
おそらく三メートルに近い、巨大な化物…。
「も…、もしかして、吸血鬼?」
チェコは、下手に出て、聞いてみた。
「そうだ、小僧」
吸血鬼の目が、怪しく輝く。
「お…、俺、すぐ寝るよ…?」
「この山頂で、寝られるかね?」
確かに。
風は、チェコの髪を巻き上げて北に向かってなびかせる。
ここで寝るのは、ほぼ死ぬのと同義語だった。
チェコは、青鋼を抜いた。
「そうだ。
戦うことだけが、お前の生き残る可能性なのだ。
ほんのわずかな可能性だがな」
ククク、と吸血鬼は、面白そうに笑った。