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スペルランカー2  作者: 六青ゆーせー
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スペルランカー

森の道が、ふと岩の道に代わり、気がつくと森も針葉樹が増えて来ていた。


土地が岩がちになり、下生えの草も、明らかに弱々しくなってくる。


高山の臭いを、チェコは久々に鼻に感じた。

それは乾いた土埃の臭い、死に近い場所の臭いだった。


しばらく、険しい道が続いた。

だが、カーマのブーツの足爪は、山を登るのにも向いていた。


岩をしっかり掴まえるので、とても歩きやすい。


それでも息が切れるほど登りつめた頃、やっと岩の横に森の木陰が現れた。


あー、と言いながら、チェコは土にゴロンと寝そべった。


パトスと二人、水を飲み、少し麦せんべいを噛る。


「…チェコ、もう一日なんだ…。

他の物も食べろ…」


肉もドライフルーツもナッツも、味噌も練りごまもチェコは口にしていない。


「んー、なんか、特に要らないんだよ」


チェコは言うが、パトスは危機感を持った。


「…なら、せんべいに味噌をつけろ…」


それだけでも、だいぶマシなはずだ。


無理に言って、味噌を食べさせる。


「なんか、味が強くて、感覚が鈍る気がするんだよ…」


言いながらも、旨かったらしく、味噌をつけてせんべいを食べた。


「あー、でも、味が濃いな、喉が乾く」


チェコが言うのを、


「…水の匂いはあるぞ…」


パトスは言って、森の奥に進み始めた。


松の林をしばらく歩くと、チェコの耳にもサラサラと流れる水音が聞こえてきた。


崖があり、その岸壁の間に、静に水が流れていた。


湧水だし、たぶん飲んで問題なさそうだ。

水筒の水を飲み干し、湧水をくんだ。


「ん、うまい…」


冷たいからか、この水はとても旨かった。

何杯か飲み、水筒にたっぷりつめた。


「よーし、ここで瞑想しよう」


チェコは早速、足を組んだ。


静かな、水音だけが聞こえる。


チェコは、ゆっくりと息をしながら、ただ水の音を聞いていた。


やがて、体が軽くなってくる。


ふわり、とチェコは自分が浮き上がったように感じた。


森が、鮮明に見えた。


見渡すもの全てが細部まで克明に見えている。

松の木は、葉の一本一本まで、赤い樹皮の溝まで、枝を這うほんの塵ほどの虫の姿まで克明に見える。


そして、木を透かして、晴れ渡った空も、山を透かして遠い峰々も見ることができた。


そして…。


はるか山の上に、それがいた。


百メートル近く上だ。


岩から生えた、松の枝の上で、それはチェコを見下ろしていた。


…たぶん鉄鼠だ…。


チェコと鉄鼠は、はるかな距離を隔てて、視線を交わらせた。


…すごい…でかい…。


それは、山の一部、と言っていい。


鼠というから、なんとなく弱そうに感じたが、とんでもなかった。

それは岩よりも固い鉄であり、俊敏な鼠、だった。


巨大な獣であると共に、小さな鼠でもある。


矛盾しているのは、人間の尺度で考えるからだ。


もっと重複した、多様な、幾つもの世界と同時に繋がったものが、この世界にはあるのだ…。


幾つもの世界…。


同時に海の底であり、空のかなたであり、山の松の木の枝でもある。


鉄であり、鼠であり、空気であり、魚でもある。


幾つもの重なりあった世界があり、そこには生きた鉄もあった。


多重、と言うことが魔法的だった事に、チェコは気がついた。


魔石は、全て石であると共に何かなので、魔石なのだった。


それらは、全て重なり合っていた。


鉄鼠は、その桁が段違いなのだ。


別の世界の生きた鉄であり、また違う酸の海の中の魚でもある。


ガスの空を飛ぶ鳥であり、生きた霧でもある。


まだまだ、これだけ克明に見えるチェコでも、とても全てを見張らせはしない。


全てが交わる場所。


それが、どうやら、この世界では、最強の鼠、なのらしい。


それが鉄鼠だった。


…あれは、凄いけど、とても人間に扱えるもんじゃないな…。


それに、やがてチェコは気がついた。


知らずに手を伸ばしたりしたら、その人間も、おそらく鉄鼠になってしまうだろう。


それはもはや、人とは呼べまい。


チェコは、ゆっくりと意識を鉄鼠から離していった。


…そうか、悪魔が過去の時間の中に住む、って、おそらく鉄鼠ほどではないけど、鉄鼠に近い事だ…。

だから、自在にアースも使えるわけだ。


過去に住む分には、悪魔はその世界にはいても、何できない存在なのだと言う。

止まった時間の中で、うごめくだけの存在。

だが、この世に呼び出されれば、彼は二つの空間を持つことになり、魔法的に多重となる。


それが無限の力の根元なのだ。


鉄鼠は、悪魔などウジ虫と見えるほどの魔法的存在だった。


無限の世界をつなぐ一点であり、強力過ぎる守護聖獣だった。


…おそらく、無限に近いアースは得られるだろうな…。


同時に、手に入れた人間も、鉄鼠の無限の一部になる、そんな聖獣。

いや、もはや神だろう…。


あれは、人間を試しているんじゃないか?


と、チェコは思いながら、瞑想から抜け出していった。

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