瞑想
チェコは神話を聴きながら、いつの間にか寝てしまったらしい。
起きると、焚き火はまだ燃えており、ナミとヒヨウが、
「起きたか。
それでは今から二晩を聖地で過ごす。
トイレは、草の中で構わないが、必ず埋めること。
神に嫌われないように、聖地では常に神の目がある、と心得ろ」
と、ナミが最後の心得を言うと、
「三日目の夕暮れまでに、ここに戻ってくれ。
帰らなければ、何か事故があったとみて、エルフが探す。
だから最悪、死ななければ助かるだろう」
とヒヨウも教えた。
「では最後に、瞑想を教える。
このように座れ」
チェコは腕を組むように、足を組んで座った。
「大きく息をすって…、肺を一杯にして…、そうだ、そのまま息を停めろ」
チェコは息を停めた。
二秒、三秒と息を止め、それを細く長く、お腹をへこますように吐き出していく。
ゆっくりゆっくり息を吐き、吸いを繰り返している間に、チェコはボゥ、と夢を見るような気分になっていき、やがて急に目が覚めた気がした。
世界が、とても鮮明に見えた気がした。
「よーし、そこまでだ。
最初にしては良かったぞ。
これを数時間に一回、するようにしろ」
二人のエルフは、
「善き出会いのあらんことを」
と言って、山を降りた。
チェコは、近くの小川で顔を洗うと、袋の中から麦せんべいを食べ、パトスには干し肉を食べさせた。
チェコは、聖地では肉は食べない方が良いらしい。
まだ早朝だが、薄曇りの天候のようだった。
上に行くのに絶好の天気ではないが、チェコに与えられているのは二日だけだ。
「まず、道沿いに上がってみようか!」
チェコは、水筒の水を確かめると、山を登ることにした。
広場の奥に、道があり、どうやら登るようだったので、チェコは登り出した。
大輪の薄紅色の花がたくさん咲いている、きれいな道だ。
パトスは、クンクン匂いながら、道を先行する。
しばらく進むと、パトスが足を止めた。
道に、大きな蛇がいた。
通せんぼ、でもするかのように道を横断する形から動かない。
黒い蛇で、頭の形は、毒蛇のように思えた。
「こっちに行くな、って事なのかな?」
聖地なので、神意ということも考えられたが、チェコは深い知識はないので、判らない。
「、、道の先に、分かれ道があるわ、、」
ちさに言われてみれば、なるほど左右に道が分かれているようだ。
「…どうする…」
パトスがチェコを振り返る。
「仕方ない。
降りよう」
聖地で生き物を殺すわけにはいかない。
チェコは登っていた道を下ったが…。
「…チェコ、蛇が動いたぞ…」
黒蛇は、すでに木々の間に尾を滑らせていた。
「おー、じゃあ登っちゃおうか!」
チェコは道を引き返した。
すぐに、道は二股に分かれていた。
右側はかなり急な登り坂で、左は真横に山肌沿いを進む道のようだ。
「まず、左かな」
頂上より、なだらかな道を、チェコは選んだ。
道は、最初は緩やかな登りだったが、崖のような山肌を撫でる道に変わって来た。
左手の木々が途絶えると、先はコクライノに向かう広々とした肥沃な平地だ。
大河、遠吠え川が大きくうねりながら平野を流れコクライノと銀嶺山を隔てている。
「おー、あの橋、長いと思っていたけど、こうして見ると凄い橋だったんだなぁ」
遠吠え川は、普段は子供が川遊びもする緩やかな流れだが、一旦嵐などになると、途方もない暴れ川に変わる。
橋は左右の堤防の上、石でどっしりとした台を作り、数十メートルの大木を組んで柱を立てた吊り橋で、長さはたぶん一キロ近くあるのではないか?
橋の下を、立派な帆船が白い帆を立てて通りすぎていく。
「ほえー、あんな船が通っちゃったよ!」
チェコは感嘆して景観に見入っていたが。
「…チェコ、遊んでる暇はない…」
パトスに怒られ、ああ、と道を進んだ。
コクライノにも見事な橋があるが、それは石で組まれたアーチ橋で、橋の石組みの上は塔になっていた。
頑丈な石橋も見事だが、木の吊り橋で、あれほどの巨大橋が作れるとは、チェコの予想をはるかに越えていた。
橋に興奮しながら歩いていくと、道はだんだん岩を削った、細い道になってきて、チェコは真横に歩くように岩壁に掴まりながら進んだ。
しばらく歩くと、岩がせり出したような広場に出た。
地面は、土で、へばりつくように灌木がびっしり生えている。
道は、そこで終わっていた。
「崖を登るのかな?」
見上げると十メートルほど上に、森がありそうだ。
「…まず、道を調べた方がいい…」
確かに、不用意に原生林に飛び込んだりしたら、おそらくチェコ以外誰もいない山で道を見失うことになる。
まず、道を調べるべきだ。
「お、その前に…」
チェコは、教わった通りに、瞑想を開始した。