神話
滝は、凄まじい轟音を滝壺に響かせている。
チェコは一瞬、逡巡したが、すぐに思い切り、立ち上がると、水圧に押されながらも滝に向かった。
数歩歩くと、ズボッ、と深くなり、チェコは沈んだ。
が、すぐに顔を出す。
足がつかない!
今、チェコは立ち泳ぎに浮かんでいた。
「石に沿って歩かないと、深いところは七メートルあるぞ!」
とヒヨウが教えた。
ナミは、
「泳いでも構わんぞ」
とヘラヘラ笑ってる。
ん、そうか、泳ぐか…。
チェコは泳いで、滝の方角に進んだ。
最初は流れが凄かったが、滝壺は淀みになっており、最初の流れを抜ければ、泳げば泳げる。
水中から見ると、滝の下には、大きな石が組み上がって、足場のような形になっていた。
あそこに乗るんだな…。
チェコは思い、水中を進んだ。
どでかい魚が、何十と泳いでいた。
一匹、怪物みたいな奴も、深みに沈んでいる。
牛ぐらいある…。
興味はあったが、今は滝に当たらないと禊が済まない。
泳いで滝壺を縦断し、岩に登った。
滝が、当たる。
まるで、石がぶつかったように痛かった。
マジか…!
思うが、遠くのヒヨウたちは涼しい顔で眺めている。
仕方なかった。
チェコは、立ち上がった。
水が、ほとんどヒョウのように身体中に当たる。
痛いも痛いが、水の外は滝壺であり、水が空気を押すのか、風がとても強いため、濡れた体の温度が、急激に下がっていく。
チェコは、自分が、オモチャのように震えているのに、驚いた。
止めようとしても、体は勝手にぐにゃぐにゃ動いてしまう。
寒くて、気が遠くなりそうだが、エルフたちが許可するまで立つしかなかった。
そうでなければ、先に進めない。
あのカーマの像を見て、ここで終えることなどチェコにはできなかった。
必ず、本物に会うのだ!
会えば必ず守護してくれる、とチェコは信じていた。
十三番目の神にして、守護聖獣なのだ。
俺はカーマに守護してもらうんだ!
思って、チェコは耐えた。
やがて、ふと気がつくと、エルフたちが帰ってこい、とゼスチャーしていた。
倒れるように水に入ると、水が暖かかった。
考えてみれば魚もあんなに泳いでいる。
低めとはいえ、春の水だった。
寒さに固まった体をほぐしながら、チェコはゆるり、と泳ぐ。
水から出るのをしばし躊躇ったが、時間がなかった。
外気は、叫びたいほど寒かった。
「よく頑張った!」
濡れた衣服を脱がして、麻布で体を覆ってくれた。
あの小屋には、暖炉が作ってあり、火が焚かれていた。
「…さ…、さぶ…」
震えて口が回らない。
十分ぐらい体を拭くと、なんとか震えが収まってきた。
「…不思議だ。
水の中の方が暖かかった…」
「風が体温を奪うから、そうなるのだ。
ま、しょうが茶でも飲め」
ヒヨウが、茶碗を持たしてくれた。
暖かい飲み物が腹に落ちていくのが、肉体で感じられた。
「さて、清めも済んだので山に入るが、衣服は、エルフのものを着てくれ」
と、ナミがてきぱき指示をする。
着方が判らないので、ほぼ着せてもらう。
パンツではなく、白帯を上手に巻いて、パンツのような形にする。
一旦外したら、直せる自信はなかった。
上に着物をき、幅の太いズボンをはく。
親指の自由になる靴下を着けて、脛から膝まで、布をグルグルに巻いた。
剣は、自分の青鋼を持つ。
無論、護身のスペルボックスも装備する。
衣服とリュックは小屋に置いて、首から下げる袋を持って、外に出た。
滝が、神々しい神秘の光を放っているように、チェコは感じた。
滝の脇に、切り立った岩に一筋の道を切る、エルフ道が刻まれており、チェコたちは、その細い片足分の幅しかない道を、せっせと登った。
やがて岩場を上りきり、土の道を一時間ほど歩くと、小さな森の中の平地に出た。
「よーし、今日はここで休む」
聖地では煮炊きはできないらしい。
「なので食料は、その袋にあるだけだ。
考えて、食べろ」
とナミ。
「押さえすぎても動けなくなる。
胸ポケットに、松の実を少し入れておくといい」
雨が降らなければ、特にテントも張らない。
毛布で寝ればいい、ということらしい。
焚き火は、この地だけはOKだが、他の場所では禁止だ。
まず神に嫌われるような行為を行っては、聖獣は会ってくれない。
「だから松明やランプも禁止だ。
袋に三つ、蝋燭がある。
それだけだ、暗くなったら寝た方がいい」
焚き火を囲んで、水を飲み、袋の中の握り飯を食べた。
明日からは、麦せんべいとナッツ、干し果実だけがチェコに許された食べ物だった。
「さて、今晩はエルフの神話を少し話すぞ…」
それは長い、神たちのいさかいや恋愛、不思議な奇跡の話だった。