滝
「さて、チェコ。
これから三日間で、お前の守護聖獣を見つける。
これがどう言うことか、判るか?」
カーマ神の像の前でナミがボソリと語った。
「ん、俺のアースが増える?」
チェコは期待を込めて語った。
「この銀嶺山の端から端まで歩き、自分で守護聖獣を探さないといけないんだ」
「おー、また山歩きだね」
チェコは二つ角山脈の冒険を思い出した。
「一つ、決定的に違うことがある」
と、ナミは重々しく語った。
「ん、なんだろ?」
「ただ歩いても意味がない。
聖獣と出会わなければ、意味がないんだよ」
チェコはポカンと。
「これだけの山なら、たくさん動物もいるんじゃないの?」
「聖獣と、森の動物を混同するな。
聖獣は十体。
一つは竜」
「おー、ドラゴンか!」
チェコは喜ぶが、ナミは。
「違う。
竜は、ドラゴンではなく、蛇に近い姿をしている」
「そうなんだ!」
「二が神猿。
三が虎。
四が鉄鼠。
五が…」
「え、鉄のソって、なに?」
「鉄の体毛を持つ、鼠なんだ。
こいつは、とても強い」
と、ヒヨウが教えた。
「五が火炎鳥。
六が大魚、硬骨魚。
七が聖童子」
「聖童子?」
「これは会えば判る、らしい。
とても強い、童子としか俺も知らない」
ヒヨウが補足を語る。
「八が黄金虫。
九が黒姫」
「く…、黒姫?」
「ああ。
赤竜山では死を呼ぶ怪物だったが、この山の黒姫は、聖獣なのだ」
とヒヨウが教えた。
「そして十がカーマだ」
「え…?」
とチェコは、目の前の像を指差した。
「まあな。
誰も会った事は無いが、そうなっている」
おー、とチェコは喜び。
「俺、カーマを見つける!」
と叫んでいたが、
「まー、可能性はゼロじゃない」
とナミは冷淡に笑い。
「今日はまず、聖なる山に入るため、水ごりをして、それから山を登ってキャンプをする」
言って外に出た。
「山の夜は早いぞ。
急いで、滝に向かう」
と、話ながら歩き始めた。
チェコはルンルン後ろに続くが、パトスは慎重に。
「…十の聖獣を書いた本とか、無いのか…」
と、質問した。
「覚える必要はないよ。
会えば、それと判る」
「…どう、判る…」
「なんか、聖なる体験って言うかな。
それが重要で、それが無ければ、例えば黒姫を見かけた、と言っても無効だ。
体験するまで、続けろ」
ナミは楽しそうに語った。
「三日目の日暮れまでにここに戻らなかった場合、失敗だな。
ま、その時は、簡単に選んで刺青を彫る。
一アースは、それで増えるよ」
んん、とチェコは驚き。
「つまり、聖獣と出会えれば!」
「ああ。
それは本物だ。
本当に守護されるから刺青を彫るまでもない。
一生、守られるだろう」
と、ナミは薄く笑った。
チェコは、出会う気、満々だったので、踊るように山を歩き、三十分。
遠くから、滝の音が聞こえてきた。
「おー、あれ?
あれが水ごりの滝?」
久しぶりの山は、やはり空気の濃度が違う。
しかも銀嶺山は霊山なので、塩杉の清い香りが山じゅうに漂っている。
花が咲き、虫が戯れ、鳥が歌う。
まさに楽園的な風景が広がっており、チェコでなくとも楽しい気分になる。
やがて、チェコたちは道からそれ、砂利道を下った。
清流が現れ、チェコたちは大岩が水に洗われる川面を、上流へ登った。
水は、うねる大蛇のように暴れていたが、しかし水の透明度は、輝く光の揺れる川底に、大きな魚が、舞うように素早く泳ぐのを映し出していた。
水苔の匂いも香ばしい。
巨石を登り、降りして進むうち、いよいよ滝の音は地響きのように聞こえてきた。
「うおぉ!」
チェコは叫んでいた。
川が、そのまま落ちて来たような、ものすごい滝だった。
離れていても、水しぶきが肌を濡らした。
「雨みたいなもんだね!」
「そこの小屋で着替える」
ナミが指差す先に、ほんの小さな丸太小屋が建っていた。
濡れて、黒く光っている姿は、今にも崩れそうだ。
チェコは、気にせず中に入った。
「中は、結構まとも…」
湿度は高いものの、乾燥している。
ここでチェコは、エルフ風の白衣を着た。
前で合わせて、帯で締める服だ。
そして、勇んで川に足をつけたが…。
「痛て…!」
冷たすぎて、水は痛いほどだった。
「なに? この水。
真冬みたいだよ?」
もうすぐ夏になるというのに、川の水は氷のようだ。
「だいぶ、これでもぬるくなったのだ。
真冬には上の湖は完全に凍りつく。
そこから流れてきた水、というわけだ」
ヒヨウが教える。
パトスは、するっ、とチェコの手から逃れて陸に上がってしまった。
「まあ、死にはしない。
これをしないと、聖域には入れないんだ」
ヒヨウに言われ、チェコはあきらめた。
意を決して、ドブンと下半身を水につける。
「このくらいでいいのかな?」
チェコはエルフ二人を見上げるが、
「なんのために滝に来たと思うのだ、チェコ」
まー、薄々それは感じないでもなかったが…。
滝は、大太鼓の連打のような轟音を響かせて、川にぶつかり、結果、かなり離れた小屋の辺りまで雨のように飛沫が飛び散る、大瀑布だった。
チェコは青ざめて、滝を見上げた。
「まー、大丈夫だ。
未だに、死んだ奴はいない」
ナミが、楽しそうに語った。