赤汗馬
いつものように、学校終わりにバトルシップに顔を出したチェコは、ある人物に声をかけられた。
「ソナタが、ゴブリンをトレースしたのか」
巨大な女性、赤のカードしか使わない世界的スペルランカーの、マイヤーメーカーだった。
マイヤーメーカーは、今日は、比較的おとなしめの、ピンクというより薄いイチゴ色のブラウスを着て、引きずるような黒ずんだ赤のスカートを履いていた。
今朝、ヒヨウに言われたばかりだったのでチェコは困ったが、
「あ、えーと、実は山で樵に分けてもらったカードなんです」
と、ごまかした。
「その樵の名はなんと言う?」
と、マイヤーメーカーは追求の手を緩めない。
「彼はエルフなんだ。
だから、名は控えさせてもらう。
ちょっと特殊な奴、とだけ話しておく」
と、脇からヒヨウが助けてくれた。
そうか、と一瞬は、マイヤーメーカーは納得したかに思えたが…。
「それではソナタに話しておこう。
もしワラワにカードを譲ってくれるのなら、百万リン出そう」
「ひゃく…」
と、チェコは驚いた。
チェコは戦争の賠償金で百万リンもらっていたが、もう既に三分の一はなくなっていた。
百万は、かなり大きな数字だ。
「機会があったら伝えておこう」
と、ヒヨウはさっさとバトルシップを撤退した。
「ちょっとまずい事になったな」
と戸惑うヒヨウに、チェコは。
「山のエルフの樵、じゃ駄目なのかな?
百万とか、ちょっと欲しいかも…」
と心を揺らすが、
「考えてみろ。
マイヤーメーカーは世界的なスペルランカーだ。
彼女が世界でゴブリンを使ったら、そのカードはどうした? という話しになるだろう。
しかし、二つ角山脈にゴブリンなどはいないのだ。
しかも、ゴブリンなどという亜人種をトレースするには、同意が必要で、ゴブリンと友達のエルフなどいないことは、じきに知れる」
「あー、そうか…」
おそらく、ゴブリンと友達等というのは、この世にチェコぐらいしかいないだろう。
確かに、赤のカードだけで戦うのに、戦車や機械ばかりでやりずらい、と思うのは自然であり、その点、ゴブリンは、緑のカードのように操作性が高かった。
端的に言えば、赤アースが出るし、また弓手のアース分だけダメージを打てる、能力は、事実上アース分のダメージを飛ばす禁止カード火山弾と等しいことが、毎ターン行える、という破壊力だ。
その上チェコは付加で雷や火球をつけていたので、ちょっとベラボーなカードになっていた。
「無かった事にできないかな…?」
「あんな世界的なプレイヤーにまで知られてしまっては無理だな」
チェコは頭を抱えた。
「まー、もしかしたら対策がとれるとすれば…」
ヒヨウは、チェコを連れて学校に引き返した。
「え、ゴブリンのカード?」
キャサリーンに事情を話し、カードを見せた。
「これはまー、赤使いには喉から手が出るようなカードねえ。
トレースしたものがここにあるのだから、もちろん製品に落とし込むことは可能よ。
ただし、商品として売り出したら、マイヤーメーカーさんは、聞いた話しと違う、と思わないかしらね?
なかなか手に入らないレアカードを使うのと、製品を使うのでは、かなり話が違うわ。
デュエルでの優位性なんか、天と地ほど違うから」
確かに、石のゴーレムが誰か一人しか持っていないカードなら、ほとんど無敵だ。
だが、誰でも持ってしまえば、石化の価値も下げる存在に落ちてしまった。
「まー、その辺はなんとかナミに手を打ってもらおう。
キャサリーンはそれをとっとと製品化してくれ」
ヒヨウは話した。
「え、どうするの?」
チェコは戸惑うが。
「ナミなら、偶然ゴブリンと知り合いになってもおかしくない。
樵ではないが、身分を偽ることは多いから、そうナミに話してもらえば通るだろう」
おお、とチェコは感動した。
「これに懲りたら、あんまりトレースとかを慎むんだな。
自分の首を締めることもある、と肝に命じろ」
「なに、カード業者に売ったのか!」
マイヤーメーカーは、残念がった。
「うん、もー話が進んでたみたい」
とチェコは、申し訳なさそうに語った。
「いや、それでもいい」
とマイヤーメーカーは、鋭い目を光らせた。
「九月には、間に合うだろう」
市販されたところで、赤で自分が負けることはない、と自信を漲らせた。
「急な話だったのに、すぐに連絡を取ってくれて感謝する。
これは、駄賃と思ってくれ」
マイヤーメーカーは、赤汗馬というカードをチェコにくれた。
「わ、なんだろう、これ!
知らないカードだ!」
チェコは、舞い上がった。
「赤汗馬は、かなり昔のカードなのである」
とエクメルが語った。
「赤の、二/二のカードだが、他の召喚獣を乗せることができる。
例えば三/三のゴブリンを乗せた場合、プラス一の補正を受ける。
つまり六/六になる。
そしてダメージを受けた場合、乗り手に押し付けることも可能だ。
そうした場合、赤汗馬は、補正を引き継げる。
つまり三/三になる。
そして他の召喚獣を乗せれば、追加の補正を得るのだ」
「え、強いんじゃないの?」
チェコは驚くが。
「…まあ、マイヤーメーカーには、要らないカード…」
とパトスは話す。
確かに、マイヤーメーカーは、早いデッキ。
三ターン以内の勝利を目論むプレイヤーであり、赤汗馬が育つようなプレーはしなかった。