カツキリアルの陵母
チェコたちは汚水の川沿いを下っていく。
臭いが、鼻を攻め立てる。
「ちょっと、いいかな?」
川の一部に、賢者の石で大きめの岩を敷き、砂利を入れ、砂を入れて、炭を作って層を作り、砂と砂利の層を作った。
水の流れは塞き止められたが、岩の隙間からは清水が流れ出した。
「なにをやった?」
長髪の男が、驚いて唸った。
「よくある、水の浄化装置だよ。
雨水も、格段に味が良くなる」
チェコは教えた。
子供たちは、すぐに清水に集まっていた。
「水を濾過したばかりのここら辺は、バイ菌までは防げない。
だけど、川を流れるうちに日光である程度は殺菌できる。
後は、前と同じ。
沸かしてから飲むんだ」
とチェコは語った。
チェコの周りに、人々が集まりだしていた。
チェコたちは、川を歩き、第二の池に達した。
チェコは賢者の石で、川の流れを変え、手前に新しい池を作ると、中の生物を清水の池に移してから、汚れた池を埋めた。
清水の池は澄んで、泳ぐピラニアも良く見えた。
「たぶん、しばらくきれいな水で育てたら、ピラニアの味も良くなると思うよ」
子供たちが大量に集まって、清水にはしゃぎだした。
中に、片足が短い子供がいた。
チェコは呼び止め、錬金術で治療した。
見る間に、足が治っていく。
チェコは、土から金属の杖を作って、子供に持たせた。
「しばらくは、大人しくしててね。
一月もすれば、走れるようになるよ」
貧民窟の人々が、歓声を上げる。
「俺の腕も見てくれ!
どぶガエルに噛みつかれてから、指が動かないんだ!」
チェコは、前の戦争で傷の治療の重要性を痛感し、老ウィッキスにお願いして錬金術師の家庭教師をつけてもらった。
野戦医師程度のことは出来るようになっていた。
「おお!
腕が動くぜ!」
群衆が狂喜した。
老婆の腰を治し、虫歯を治療し、曲がった腕や足を、治した。
長髪の男が、膝を折った。
「お前が治してくれたチ○バの子供は、俺の末の弟だ。
感謝する!」
「いいんだよ。
俺にも打算がない訳じゃ無いんだから」
チェコは男に話した。
「打算?」
「ああ。
俺も、貧民窟のためになるように、怪我ぐらいは治すから、俺が困ったときには力を貸してくれれば、それでいいんだ」
ヒヨウは、ずっと後ろで、水の浄化層を見ていたが。
「チェコも、いつまでも無鉄砲なチビじゃ、無いんだな…」
と感心していた。
「あいつ、貧民窟の人間に恩を売ってどうするつもりだ…」
カイは首をかしげた。
チェコは、貧民窟の最深部、こんもりと繁った陵墓に進んだ。
「おい、ラクサス侯。
ここはゴブリンやオーガのすみかだぜ。
悪いこたぁ、言わねぇ。
近づくな」
指を治した男が、心配した。
「俺がラクサス侯は守る」
と長髪の男。
すっかりチェコのボディガードにになっていた。
ボディーガードは長髪の男だけではない。
見事な鷲の刺青を入れたヤクザを初め、数人の無頼者も、槍を構えている。
皆、傷や病気を治療した恩義を感じていた。
近づくと、森は、まがまがしいまでに、暗い。
チェコも、いつでもスペルを撃てるようにしていたが、それよりも…。
まず、ゴブリンをトレースしたかった。
トレースした召喚獣は、付加のスペルが使える優位性があることを、チェコは知った。
チェコは、ゴブリンをトレースするために、貧民窟の営繕も治療も引き受けたのだ。
武装した男たちと、チェコが陵墓に接近する。
「ラクサス侯、あんたは下がっててくださいよ。
あんたがやられたら、誰が傷を治すんだい?」
鷹の刺青のタイタスが言うが、チェコもトレースは諦められない。
じりっ、とチェコが進む分だけ、男たちは、前進した。
と、陵墓の奥から…。
灰色の皮膚を持つ、巨大なトカゲ、が現れた。
トカゲの丸い眼は、真っ赤に燃えている。
思わずトレースカードを掲げたチェコだが…。
「その目玉…、まさか魔石?」
灰色のトカゲの頭を被った、人より巨大な、青灰色の皮膚の亜人族だ。
亜人族は、じろり、とチェコを見た。
チェコも、ここまできたら、引けなかった。
視線を返す。
と、亜人族が、ゆっくりと膝を折った。
「よく来られた。
王の血族よ。
こちらに入られよ。
ここはそなたの先祖の陵墓だ…」
チェコは驚いたが。
「俺、ちょっと行ってくるよ…」
唖然、と見守る貧民窟の人々を残し、チェコは森の中に消えた。
森の中には、一本の道が続いていた。
一人、二人、とゴブリンたちが集まってくる。
人とは違う体臭が、鼻を刺す。
「これって、爺さんの墓だったのか?」
チェコは首をかしげるが、エクメルは、
「母君の系列の陵墓なのである」
と解説した。
五分も歩いた頃、チェコの周りには百に近いゴブリンが集まっていた。
トカゲの頭を帽子代わりにしたものの他にも、巨大狼の頭をかぶったり、豚をかぶった旨そうな奴もいた。
奥に、平地から突然、山が生まれたようになった場所があった。
その前に、とてつもなく醜い、女ゴブリンがいた。
「わたくしが、カツキリアルの陵母、マンダである。
王の血を引くものよ、そなたの訪問を歓迎する」
チェコは儀礼的に膝を折り、
「チェコ・アルギンバです。
今日は、ここに陵墓があると聞き、訪問しました」
「ここは、そなたの先祖の墓。
今後自由に参れば良い。
その石に、手を当てなさい」
陵母の足元に、大きく突き出た石があった。
チェコが、それに手を当てる。
石が、緑に光った。
ゴブリンたちが、低く唸る。
それは、もしかすると、歌、なのかも知れなかった。
と、チェコの手に、何かが握られた。
ん、と手に持つと、それはどうやら、赤い石をはめ込んだ指輪のようだった。