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スペルランカー2  作者: 六青ゆーせー
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貧民窟

荷馬車は、ゆっくりと坂を下っていく。


僅かばかりの瘦せた木と、雑草の茂る、石だらけの道だ。


ろくなサスペンションも無い荷馬車は激しく揺れるが、チェコも荷馬車は乗り慣れていた。


荷馬車が大きくカーブを曲がり、岩を迂回すると、眼下にすり鉢状の土地が見えてきた。

コクライノの丘を形成する岩盤の北側、大きく張り出した二つの尾根に挟まれた巨大な谷間、それがどうやら貧民窟のようだった。


一面にびっちりと、布や木で作られた小屋が並んでいる。

小屋、というかテントという方が近かった。

ただ雨風がしのげる、というだけのものだ。


谷の一番底には、どす黒い沼のような物があり、貧民窟の人々は、どうやらそれを生活用水に使っているらしい。


「井戸が無いの?」


チェコが聞くと、長髪の男は、


「いくつかはある。

さすがにあの水は、沸かさないと飲めないからな」


沸かしたら飲めるというものではない、気がした。

衛生環境は劣悪、という言葉も生ぬるい状態のようだ。


馬車はグラグラと大きく揺れながら、谷の底に向かっていく。

ろくに衣服も来ていない幼児が、なにか草のような物を口に運んでいた。


「何か食べてる?」


「食べるというか、味を楽しむ、程度だろうな。

舐めると茎から酸っぱい汁が出てくる。

胃になんにもなくとも、少し味があるだけで、食べた気になる、程度のものだ」


幼児はガリガリに痩せ細っていた。


「あの子は親は…」


「いないのだろうな。

さすがに、あれは救いようがない。

遠くない、死を待つばかりだ」


長髪の男は、蚊が止まっている、とでも言うように語った。


「俺が貧民窟、と言うとき、ああいう子供は数に入れていない。

もう少し、なんとか生きられる奴のみの事を話しているんだ」


チェコは、これから何を見せられるのかを、微かに悟った。


「周りはどうしたんだ?」


聞いてみるが、長髪の男は肩をすくめて。


「この貧民窟には、数えたこともないが何万じゃあ済まない人間が生きているんだ。

毎日、たくさんの子供が生まれて、たくさん死ぬ。

あれは、望みがないんだろう。

周りの人間が、そう判断したんだ」


「止めて」


チェコが言うと、男は素直に馬車を停めた。


チェコは子供に駆け寄り、調べてみた。

どうも、耳が聞こえず、見放されたらしかった。

だが、耳は深刻な状態ではなく、錬金術で治療できた。


賢者の石で、耳の水を出すと、幼児の聴覚は回復した。


「そうか、耳が治ったか…」


男は、しかし表情を変えず、


「たぶん、もう遅いと思う。

ここでは、この子はもう育たない」


チェコは、後ろのヒヨウに、子供を預けた。


「一人救ったところで、何も変わらんよ」


と、チェコが荷馬車に乗るのを待ち、長髪の男は教えた。


「うん。

だんだん、俺にも判ってきたよ」


ここには、医療が無いので、医療があればすぐ治る子供も、諦められ、食事も与えられなかった。


荷馬車が動くと、少し鼻腔をつく臭いが感じられた。


「死体?」


「ああ。

鳥の餌、豚の餌って訳だ」


自分達の仲間の死体が、鳥や豚の餌となり、やがて潰して彼らの胃に落ちる。


やがて荷馬車は止まり、そこから、どす黒い池まで、チェコは急な坂を歩いて下った。


池は、谷の中腹に口を開けた、下水の水が貯まったものだ。


池から、何段か水溜まりがあり、谷の底から川となって流れていく。


下水なので臭いがきつく、荷馬車を停めたところの腐臭などはここまで届かない。


近くで見ると、かなりの広さだ。

黒く濁った水だが、時折、魚影が浮かんだ。


この池には、柵が作られており、巨大なカエルが上がってこないようにしていた。


中に十を越える船が浮かび、漁をしていた。


チェコは、柵の手前にいた一メートル近いカエルをトレースした。


(どぶガエル 三/三 水中行動)


チェコは、さりげなくカードをポケットに入れて、池から異臭を放ちながら流れる川沿いを下った。


小屋は、木の枝に布のようなものを巻いて作っていた。

チェコの家のベッドより小さな小屋に、三、四人の大人と、五人の子供が暮らしている場合もあった。


ほとんどの人は、布屋根、または草屋根の小屋に住んでいたが、もう少しましな木造の建物もある。


そういった小屋には、ヤクザものがたむろっていたり、尼僧が子供に勉強を教えたりしていた。


「あんたも、ああいう奴なのか?」


刺青を身体中に入れたヤクザは、見るからに凶悪そうだ。


「奴らは、ここから出る気が無い。

貧民窟で楽に暮らせれば満足、って奴らだ。

俺は、ああはなりたくない」


確かに、長髪の男は、ヤクザものとは、少し雰囲気が違うようだ。


「…おい、どこまでチェコを連れていく…。

もう、見るものは見たのではないのか…」


パトスが吠えた。


急に犬が喋ったら、相当驚くが、男は静かな目でパトスを見て、


「精獣か…」


と、呟き、


「なに、ご主人がゴブリンが見たいと言っていたから、ほら」


ごつい指で谷の下にある、ささやかな森を指差した。


「あの陵墓まで行こうとしているのだ」


と語った。

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