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スペルランカー2  作者: 六青ゆーせー
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貧民窟

「そのための先回りだ。

貧民窟に入らせたりしない!」


ヒヨウは力強く語った。


ピィー、ピィー、と口笛が聞こえ、ヒヨウは馬車の速度を上げた。


馬車が大きく道を迂回して走ると、真正面から、長髪の男の荷馬車が、地面を跳ねながら走ってきた。


背後に、三頭の騎馬が包囲するように追っている。


長髪の男は、突然の馬車の出現に驚愕した。


ヒヨウは、馬車の正面につけるように、馬を操る。


馬は、自分の身を守ろうとする。

自ずと、速度を落とした。


荷馬車の三方を騎馬が固める。


男は、荷台のずだ袋を片手で持ち上げ、袋を噛んで引き裂いた。


パトリックが、髪を乱して姿を現す。


「近付くな!

ガキを殺すぞ!」


と、男はパトリックの首を背後から掴んだ。


男の、親指と人差し指で、パトリックの首を一周して余りがあった。


「殺す前に、お前を殺す」


ヒヨウは、静かに話して、弓を構えた。


男は、眉をしかめ、


「判った。

子供は返す。

だが、ラクサク爵は、少し俺に預けろ」


「馬鹿を言うな!」


ヒヨウは怒るが、チェコは。


「どういう意味?」


と男に聞いた。


「お前は、俺たちの現実を理解していない。

俺が貧民窟を案内する」


「貴様…!」


と直ちに弓を放ちそうになるヒヨウだが、


「俺が貧民窟に行ったら、もうパトリックは襲わないの?」


チェコは、長髪の男に聞いた。


「約束しよう」


「馬鹿、こんな男を信じるな、チェコ。

こいつは、今晩、酒を飲む小銭が稼げるなら、それだけでなんだってするチンピラなんだ!」


ヒヨウは叫ぶ。


「じゃあ、俺も一度、貧民窟を見なくちゃ、とは思ってたんだ。

案内してくれるなら、行くよ。

パトリックを放して…」


と、チェコは馬車から外へ出た。


パトスが、自分が用心棒だ、とばかりに地面に飛び降りる。


長髪の男は、片手でパトリックを馬車の外に下ろした。


カイが、


「パトリック!」


叫んで、ふらつくパトリックに駆け寄った。


「いくけど、ロン毛のおじさん、ヒヨウたちも後ろに付いてくるからね。

それに、俺はあんたを一瞬で殺せるよ…」


自分は既に一桁じゃない人間を殺している…、とチェコは思った。


「チェコ、こんなゴロツキを信じるな。

貴族が貧民窟になんて行って、どうなるか判っているのか?」


長髪の男は、


「お前らエルフは判らないようだが、俺だって貧民が貴族の子供を殺したりしたら、王が動くぐらいのことは理解している。

そのラクサク卿は、森を二万の軍から救った英雄なんだろう?

俺は彼に、現実を知ってもらいたいだけだ」


男の、薄い水色の目は、実に冷酷そうだった。


「ヒヨウ。

俺は、ちょっと見てくるよ。

後ろから守って」


チェコは、男の荷馬車に乗った。


荷馬車が、ラクサク家の馬車を避けるため、大きく回って、道を進んだ。

馬車にバックの機能は無いのだ。


「貧民窟。

さっきカイに少し聞いたけど…」


長髪の男は、隣に座ると、かなり大柄だ。


「彼らは真実は語らない。

彼らにとって貧民窟の記憶は、忘れたい過去だからだ」


男は、静かに語った。


「下水道の仕事しかないとか?」


「そんなものは、夜明け前から真夜中まで働いて、三リンの稼ぎにしかならない」


「三リン?

パンも買えないよ?」


チェコは驚いた。


男は、笑うでもなく、


「貧民窟ではパンなど食べられない。

痩せ芋をふかすのだ」


確かに、売り物にならない痩せ芋や芋のツルは、チェコも食べた。

旨くは無いが、腹の足しにはなる。


「あのガリガリ固いやつか…」


男は、横目でチェコを見て、


「確かにお前は、普通の貴族では無いようだな」


チェコは、笑う。


「ああ。

俺は、ずっと農村に隠れすんでいた、隠し子だからね。

どぶさらいもやったし、痩せ芋もよく食べたよ」


「農村か…。

しかし、お前はやはり貧民窟を知らない…」


長髪の男は呟き、整地された城を一周する道路から外れて、荒れた細道に馬車を進ませた。


整地された道の周りは、きれいな並木が並んでいたが、すぐに周囲は雑草だらけになる。


「耕したら、畑になりそうだけど…」


「このコクライノの丘は、頑強な岩山なんだ。

雑草しか生えないし、仮に貧民が畑など作ったりしたら、軍に殺される。

ここに貧民が住める土地は一ミリも無いのだ」


男は、雑草の原を、大きく腕を回して示した。


「え、じゃあ貧民窟は?」


チェコは驚くが。


「あれは、もともとコクライノの墓地なのだ。

俺たちは、墓地の上に生まれ、下水道で暮らし、墓地に還る。

泥人形のような人生だ」


「墓地?

確か墓地には、ゴブリンやオーガがいるんじゃ無かったっけ?」


ふん、と長髪の男は、微かに笑った。


「いる。

見たいのならば、見せてやる」


「ぜひ見たいよ!」


チェコは、再度、トレースのカードを心の中で握りしめた。

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