魯鈍
九/九の竜兵が出ていたら、あとは仕掛け矢でもチェコの敗けだった。
出る前に無効化できて助かった。
胸を撫で下ろしたチェコだが…。
「焼却!」
え、とチェコは飛び上がった。
カタルニアの竜兵は場に出たわけではない。
出る前に打ち消されたのだ。
「これが出来るから焼却は強いんだよ。
ただ、誰も使わないのは燃費が悪いのと…」
タッカーはストレートにした髪を、ふっ、と掻き上げ、
「そんな巨大召喚獣、誰も要らないからさ…」
確かに…。
竜兵以上の大型召喚獣など、十のダメージを相手から奪うためだけなら必要はない。
無意味にデカブツを持つよりも、スペル無効化か石化のようなカードを持てば、それでお釣りが来る。
「以上!」
アースは次のターンまで持ち越せる。
タッカーは、大量のアースを持ったまま、自分のターンを終えた。
ん、とチェコはタッカーの場を見る。
そこには、ただ、群衆の枷だけが発動していた。
仕掛け矢が二つ浮いているが、それで止められるのはチェコの二体のウサギだけ。
声マネキを使わなくとも、多産の女王とハンザキで殴れれば、勝てる…!
だが、また大いなる幻想を使われたら…。
何枚も持つカードではないと思うが、二枚は入れている可能性もある…。
だが、相手が丸裸になっているこんなチャンスを見過ごして良いのか、という気もする。
「多産の女王とハンザキで、アタック!」
なにか使われるとしても、チェコの手にはまだ対応できるカードが大量に残っていて、アースも丸々残っていた。
「仕掛け矢、多産の女王を攻撃!」
五発の矢で、多産の女王が死亡した。
「捕縛」
タッカーは瞬間スペルをハンザキに使った。
捕縛は、白のカードで、白い巨大な布のようなもので召喚獣を包み込み、それはゲームの間は戻らない、というカードだ。
ハンザキは、机の上にフワフワ浮かんでしまった。
「んー、白のカードかぁ…」
自分の使える色じゃないものまで、チェコはまだ把握しきれていなかった。
「まー、キノコになーれ、とかと同じやつさ。
コストも白白」
と、タッカーはニカニカする。
タッカーは石化を使わない方向でチューニングしている様子だった。
確かに一アース無色の完璧な除去カードでは、もう無くなっているのなら、チェコもキノコになーれ、に向かった方が有益かもしれない…。
「エルミターレの岩石」
チェコは石を出して、ターンを終えた。
タッカーには、まだたっぷりアースが残っているからだ。
相手が召喚獣を出していないといっても、アースが残っているのに仕掛けたのは、チェコの迂闊だった。
仕掛け矢があるのは判っていたのに、イタズラに多産の女王を失ってしまった。
焦った、といっていい。
二マリ、とタッカーは笑い、
「それでは、パンゲアの魯鈍」
と、アイテム召喚獣を出した。
それは一一のパワーがあるが、タフネスが二しかない、ペラペラの巨人だ。
しかも、このタフネスは、次のターンには一になってしまう。
ただし、これがただの器に過ぎないことは、チェコも知っていた。
「発動、深淵への扉」
次ターンかと思ったら、タッカーは即座に指導させた。
「…暗い闇の彼方より、脆い両手をただ、合わせなさい。
神はあなたの手の中にいる。
信じることを真に信じる人にだけ、神は口づけをたまうのです。
言葉を信じなさい。
温もりを信じなさい。
そして目蓋を閉じて祈るのです、神の言葉を刻むのです…」
前とは違うテキストをタッカーは語った。
と、机の上に、まるで湖水に雨粒が落ちたように波紋が流れ、魯鈍を包み込んだ。
机の上の小さな魯鈍だったが、まるで違うものに変わったのは判った。
「それって、どのくらい強いの?」
タッカーはニヤリと、
「さー、僕も知らないんだよ」
答えて、
「でも魯鈍の倍くらいかな?」
メチャクチャだった。
「石化!」
即座にチェコは潰す事にした。
が。
「あー、釣った奴には、そーゆぅのは効かないんだよ」
タッカーは笑った。
あのときは、悪魔がベラボーに強かったから判らなかったが、ちょっとジョークではない力を持っているらしい。
ターンが、チェコに移った。
このままでは、次のターンで、あの化け物が襲ってくる、らしい。
除去スペルは無効になる。
声マネキがあるから、そのままなら平気なはずだが、たぶんタッカーも、そこは何らかの方法で潰しに来るはずだった。
そうでなければ切り札は出さないだろう。
くそぅ…。
どうする…。
チェコは考えたが。
このままならやられる。
イチかバチか…。
「召喚、冥獣アドリヌス!」
チェコが叫ぶと、パトスも驚いた。
「お前、そんなもの、いつ入れた!」
「さっきさ。
金神はダメージ転移がないとダメと気がついて!」
「あー、確かに…」
と、タッカーも納得した。
すると、微かに机が震え出す。
「え?」
そこまでの大きさを考えてはいなかったが、デュエルをしていた机が、オコリのように震える中、無数の目を持つ異様な怪召喚獣が、現れ始めていた。




