地下道
真っ暗な石造りの地下道を、滑りやすい階段で下っていく。
「ライト」
チェコはスペルを発動した。
階段は、やがて地下の水路に降りていった。
かなり強烈な便所臭が漂っている。
ヒヨウを先頭に、チェコ、カイ、兵士二人が続いた。
「お屋敷で誘拐されたの?」
チェコが聞くと、
「よくわからないんだ。
ただ、侍女がパトリックがいない、と騒いで…」
カイは、仲良しと言ってもいつも一緒と言うわけではない。
屋敷の仕事をしていたそうだ。
「部屋に侵入してくるとは大胆な犯罪だな。
チンピラの仕事じゃないぞ」
ヒヨウが語る。
「それが庭や塀に、侵入したような跡は無いんだ。
たぶんパトリックが外に出たんじゃないか、って気がしている…」
カイも状況に戸惑っているらしい。
「飛行とかを使えば、痕跡は残らないよ。
軍レベルの装備の賊なら…」
チェコは考えて、語った。
チェコたちは水の流れに沿って進んだが、ヒヨウは横穴に入り込んだ。
それは、石組みのアーチ型の下水道の石を抜いて掘られた、横穴だった。
中は土で、かなりカチカチに固めてある。
「手作りの穴…、って、まさかメルトリークに会うのか!」
カイは驚いて叫んだ。
「大丈夫だ。
エルフ語は通じる」
さらっ、とヒヨウは答えて穴に入った。
「ん、なんか危険なの?」
チェコは首をかしげるが、カイは、
「凶悪な連中だ!
人さらいもするという…」
「え、じゃあ犯人は…!」
チェコは言うが、
「いや、メルトリークは人さらいなどしない。
彼らは金品など不要だからな」
ヒヨウは否定して、
チー、チーと、歯の間から笛のような音を鳴らした。
と、土のトンネルの奥から、人間のようなものが、登ってきた。
黒い帽子をかぶり、黒い服を着ているようだ。
ヒヨウがボソボソとエルフ語で語ると、メルトリークは、
「ギィ!」
と肯定とも否定ともつかない叫びを発する。
「よし、外に出るぞ」
トンネルを出るには、後ろの兵士から出なければならない。
みな、体を狭い土のトンネル内で回転させ、下水に戻った。
「チチチ」
メルトリークが、不思議な音を発しながら、下水を歩きだす。
「彼がパトリックの元まで案内してくれる」
ヒヨウは語った。
カイは目を丸くして、
「メルトリークが、なぜパトリックの事を知ってるんだ?」
「パトリックは、むろん知らない。
宮廷錬金術師など、彼らにはどうでもいいしな。
ただ、地下で今、何が行われているかは、メルトリークは全て知ってるのだ」
とヒヨウは説明した。
下水道は、二股に別れた。
その左を進むと、ガクン、と道が三十センチ、落ちた。
下水が滝になり、ものすごい臭気が立ち上る。
パトスはチェコのシャツの中に飛び込んだ。
その先が急に下り、数百メートル、カーブを描きながら落ちて行った。
道の、真横に穴がある。
これは下水が流れた分かれ道のようだ。
そちらに折れて、チェコたちは、ほぼ水平に歩いた。
「森も色々大変だったけど、臭いの分、森の方がいいな…」
チェコは呟く。
「おそらく、もうすぐのはずだ。
鳴き声が変わっただろう」
メルトリークは、今は、コッコッコ、と鳴いていた。
穴を出ると、また滝のようだ。
音と臭いで分かる。
「チェコ、ライトを消せ。
この先だぞ…」
ヒヨウも、声を潜めた。
穴の先に、微かな光が見えた。
そこは、下水が、池のように貯まった地下の空洞で、その水の先に、光が幾つか動いていた。
「あれか」
カイが怒りの声を上げるが、ヒヨウは止めた。
「見ての通り、池の向こうだ。
今、奴らに気づかれれば、逃げられてしまう。
池の左右から挟むんだ」
作戦は単純だが、明かりをつけずに、となると難易度は跳ね上がる。
ヒヨウはカイと共に左に回るので、チェコは兵士と共に右に回る事になった。
音を立てずに、滝の脇の五十センチの段差を降りる。
右手に進むと、
「、、チェコ、下水よ、、」
真っ暗でわかりにくいが、横穴が合流し、池に汚水を流し込んでいた。
音を立てずに下水を飛び越える。
チェコは、靴を脱ぐ事にした。
地下道は、切り石を組んで作られていた。
ノミのようなもので、岩肌を削っている。
今はスペルで平面に切れるし、屋敷では床材に大理石もピカピカに磨いていた。
そうとうに古い技術で、人の手で、岩を削ったものらしい。
何度かちさに教わって下水を超えて、やがて火に近づいてきた。
ニャー、と子猫の鳴き声がする。
「けけ、バカな小僧だ。
親猫を殺す、と言ったら慌てて出てきて」
そうか。
そんな汚い罠を使ったのか。
チェコも、胸が悪くなる。
「…どうも、さっきのガキどもらしい…」
パトスが、チェコのシャツの中で喋った。
ちょっと、優しくし過ぎたのかもしれない。
仕返し、ということだろうか。
「ちぇこ、目ヲミエルヨウニシテアゲル」
チェコの体内にりぃんはいつもいるが、常に憑依している訳ではない。
たまに遊びに出たり、けっこう自由にしている。
りぃんが憑依すると、チェコはその場所の情景が見えるようになってきた。
広大な地下の池だ。
まっすぐ奥には、ランプに厚布で覆いをつけたものを持った三人の男がいた。
男たちの足元に、手足を縛られたパトリックが転がされ、傍に子猫が鳴いている。
池の奥には、どうも下水が川になって流れているようで、そこから、手こぎボートが遡上してくる。
そこにパトリックを乗せて、どこかに運ぶ算段のようだ。
チェコと二人の兵士は、ゆっくり三人に忍びよる。
「オリバーさんは、ここで弓で狙って。
あの、奥のデカイ奴を仕留めて。
パトリックの命がかかってるんだから、殺して構わないよ」
言ってチェコと若い兵士は、更に接近する。
「…ヒヨウたちも来てるぞ…」
パトスがささやく。
と、ボートにランプを振っていた男の手から、ランプが吹き飛んだ。
同時にヒヨウが、叫び声を上げた一人を、瞬殺した。
オリバーの弓が大柄な男を貫き、チェコはパトリックに駆け寄った。
「パトリック、大丈夫?」
猿ぐつわを外すと、パトリックは大きく喘いで、息を吸い込んだ。
若い兵士が、弓を構えた。
ボートに、ランプの光で、大柄な男が浮かび上がっていた。
「何故邪魔をする?」
悪事を働いていた、とは思えない、落ち着いた声だ。
パン屋で注文をするように男は問いかけた。