バトルシップ
パトリックとカイもバトルシップに行きたい、というので、チェコはみなを連れて巨大なカードショップに向かった。
「パトリックもカイも、身を守るため、少しはスペルカードを持ってた方がいいよ!」
チェコは歩きながら話した。
「カードはポケットに入っていても、発動できるからね!」
俺には、そんなものはいらない、とカイは言うがチェコは。
「スペルカードは、別に戦うためだけに使うんじゃないんだ。
何かに火をつけるため、とか、中にはいくら強くてもかなわない怪物とかも世の中にはいるんだよ!」
昼前の船屋通りは溢れるほどの人波で、平然とそのコクライノのダウンタウンを歩いている自分がなんだか夢を見ているようだった。
チェコは、山で出会った数々のオバケを思い浮かべ、あの、時の狭間に住んでいるという悪魔も思い出したが、口には出せなかった。
今でも、チェコはときおり、汗まみれになって、あの牙だらけの歯を剥いた悪魔が、絶対にチェコの頭を噛み砕く位置に不意に現れた瞬間を夢に見て、目を覚ますのだ。
今、チェコが貴族になってここにいるのも、なんだか悪魔のジョークのような気がする。
古井戸の森でキャサリーンと出会った事まで含めて、全てが悪魔のジョークでもチェコは驚かない。
現に今も、プーフは悪魔のジョークの被害者として、祖父の宮廷で過ごしているのだろう。
あんな事があるのだから、世の中に何があってもおかしくはない。
まあ、悪魔相手に一枚のスペルカードでは、到底、立ち向かえないだろうが…。
「僕は少し、欲しいな」
とパトリックは呟く。
「さっきも、僕は怯える以外、何もできなかったんだ…」
スーツの胸に入れた子猫を撫でながら、パトリックは唸った。
「お前は、危険な事をしなくていいんだ。
そのために俺がいる!」
カイは言うが、
「しかし、パトリックが一人になることも現実にはあるだろう。
お前が助けに行く時間を稼ぐためにも、多少の防衛手段は必要だ。
だが彼の時間は錬金術のために使うべきで、ナイフ一つにせよ使いこなそうと思ったらそれなりの修練が必要なのは、お前ならばわかるだろう。
スペルカードなら、持っていればいい。
使う勇気さえあれば、充分なのだ」
ヒヨウが話すと、カイも確かに、と納得した。
「ただし、このチェコも、充分に頭に入っているが、相手を傷つける、という行為は、後で振り返って己も傷つく、という事は覚えておいた方がいい」
チェコは頷いた。
結局、暴力は敵しか作らない。
チェコも笑ってダウンタウンを歩いてはいるが、この人混みの中には、あの戦争でチェコが殺した職人や兵士の親類も必ずいるはずだった。
殺してしまった人に対して、殺したものは結局、何の償いようもないのだ。
謝って済むような事では決してないのだから…。
それはチェコも身にしみて分かっていた。
それでも、相手が恨みに思って戦いを挑んだなら、チェコも全力で反撃するしかない。
チェコにも、あの山の時よりもずっと、守りたいものが増えてしまったのだ…。
昼間のバトルシップは、夜より賑わっていたが、デュエルは子供が次々に戦うような感じだった。
チェコの目的は別だったし、パトリックたちにも案内しなければならなかったので、横目にしか見ていなかった。
キャーと子供たちはデュエルに興奮していく。
俺も、あーなりたかっただけなんだけどな…。
どこか違う歯車の中に、チェコは入り込んでしまっていた。
「ほぅ、あれがヒドラか」
何気なくヒヨウは語った。
ヒドラは、火炎弾として撃てる召喚獣だ。
相手にダメージを与えた後で、同じ攻撃力を持つ召喚獣になるのだ。
火炎弾は五のダメージを撃つので、その後、召喚獣で攻撃すればデュエルは勝てる、という召喚獣であり、チェコも黄金蝶さえ出せば使用できる。
ただ、今のチェコの関心は付加に適したカードの発掘だったから、少し興味から外れた。
召喚獣では付加に使えないからだ。
おそらく安めのカードで効果が単純なものが良い気がした。
なのでパトリックたちと共に、簡単なスペルを見ていく。
「へー、とりかえ、は初めて見たな」
青二アースの瞬間スペルで、二つの物の位置を取り替える。
普通に使えば、おそらく召喚獣とアイテムの位置を取り替えれば、一度限りの忘れられた地平線のように機能する。
エンチャントで破壊されるまで効果が続く忘れられた地平線より弱そうだが、不意打ちなので、まず狙いどおりの動きは期待できる。
「デュエルだとやらないけど、実戦なら相手の近くに召喚獣を送る、とかもできそうだね」
ミカやキャサリーンにも怒られたが、自分を対象にはなるべくしない方が良いらしい。
チェコとパトスの接合、などは可能なかぎり止めた方がよいらしい。
とはいえ、チェコもパトスも、接合は意味のある体験だった。
チェコも、犬に成って野原を駆けるのがあれほど楽しいとは思わなかった。
「危険性はあるけど、たぶん自分を対象にすることもできるかもよ」
と、それはほのめかしておいた。




