カイの野心
チェコは一目散にバトルシップに行きたかったのだが、パトリックはお礼にお茶をおごりたい、という。
チェコたちはパトリックに引きずられるように、カフェバブリュエに入った。
ここは王室御用達の菓子屋だが、カフェも併設されていて、豪華なティールームでお茶ができる。
「プラムパイが旨いんだ!」
パトリックはスーツの中に子猫を入れてニコニコ薦めた。
チェコは、こっちに来るまで菓子など年に一二度欠片を口にする程度だった。
「…俺はチーズをもらう…。
…そっちの猫にはニシンがいいだろう…」
と、パトスはチェコの膝の上で尊大に語った。
ニシンパイは居酒屋メニューだが、大抵のカフェにも、その手のものは少しは置いてある。
チェコは、食べたことがないものが食べたかったのでプラムパイをもらうことにした。
「俺はシュークリームな」
「カイは本当にシュークリームが好きだね」
「他のは、食べんのがめんどくせーんだよ」
チェコはポカンと二人を見て。
「学校と印象が違うんだね?」
ああ、とパトリックは笑い、
「僕の父が宮廷錬金術師になったのは十年前で、それまで僕とカイはダウンタウンで兄弟同然に育ったんだ」
「育った界隈は、今じゃ危険すぎて近づけないけどな」
ケケケとカイは笑う。
「へえ、それじゃあ、ずっと市民教会に通ってたんだね」
チェコが世間話に言うと、カイは笑い。
「市民教会は平民が通える最高レベルの教会だ。
俺たちが通っていたのは修道院さ」
ん、とチェコは思った。
「聖コトリノ修道院?」
「お前、施設を知ってるのか!」
カイは思わず立ち上がった。
「あ、じゃあタッカー兄ちゃんを知ってるの!」
チェコが声を弾ませる。
「あー、シスターアザヘルにべったりだったタッカーか?」
カイが叫んだ。
「タッカー兄ちゃんとは、山で一緒に戦ったんだよ!」
「…あのな」
とカイは声を潜めて、
「学校で絶対、そんなことを話すなよ…」
「ん、どう言うこと?」
「養護施設なんだ、聖コトリノ修道院は。
パトリックの両親は、パトリックをそこに預けて、錬金術の修行を重ね、やっと宮廷錬金術師の地位を手に入れた。
だが、俺たちがダウンタウンの修道院出な事がバレたら、蔑まされるに決まってる」
貴族社会も、かなり面倒なようだった。
「判った。
でも、俺はタッカー兄ちゃんを尊敬しているし、一緒に山で戦った戦友なんだよ。
タッカー兄ちゃんが愛した修道院をバカになんてしないよ!」
「カイは元気に跳び跳ね回っていたから知らないだろうけど、タッカーは、ああ見えて下の子供の面倒もよく見てくれた、良い兄さんなんだ。
僕も、絵本の読み方をタッカー兄さんに習ったんだよ」
「確かにタッカーは、肝心なところはシッカリ押さえた、頼りになる男だ。
俺もタッカーの知り合いを悪くは思わない」
ヒヨウも語った。
「しかし、あの大人しいタッカーが、山で戦争をしていたのか?」
カイは首を傾げた。
「タッカー兄ちゃんは、今はスペルランカーなんだよ!」
チェコは自分のことのように自慢した。
が、二人の反応は、
「タッカーさんなら、真面目に職人になってると思ったけどな」
パトリックが言うと、カイも、
「どっかで身を持ち崩したんだな…」
やれやれ、と肩をすくめた。
まー、ミカもフラフラしたいだけ、と説教していたし、チェコも真面目に蝋燭職人になるべきかな、とも思ったが、しかし、タッカーは今、コクライノにおけるチェコの、ランカーとしての水先案内人のようなものだった。
すぐに真面目な職人に戻ってしまうのも困る。
「まー、エルフ流に言えば、若い数年、遊ぶことも世間を知る勉強、と言うな」
と、ヒヨウが苦笑ぎみに話した。
「そうかな。
俺には、そんな余裕はないな」
とカイ。
「カイは、外で立っていても、授業はみんな聞いているんだよ」
パトリックは話した。
「俺は、武芸はあるが学は無いからな。
幸い、パトリックの両親に引き取られてはいるが、今は少し無理をしてでも吸収できるものは全て吸収したい。
一生、バドの家で世話になりたい訳じゃないんだ。
武芸で身を立てたい。
そのためには、学もいるんだ」
「そういえば、変わった武器を使っていたな」
ヒヨウがカイに聞いた。
「ああ。
これか」
カイは手にすっぽり入った、丸石のようなものを見せた。
「やはりヨーヨーだったのか。
これを実戦で使いこなす奴は初めて見た」
ふふん、とカイは、軽く手をスナップさせると、ピュン、とヨーヨーは小型の弓矢のように飛び、一瞬で手元に戻ってきた。
「これは南の国の狩人が、狩りに使う道具なんだ。
俺は、死んだ父にこいつの使い方を習ったんだ」
「カイのお父さんは武芸の達人だったんだけど、訳あってコクライノに移り住んだんだ。
でも病気になって…」
「俺は兵士になる。
だが、兵士には昇進試験と言うものがある。
学がない兵は、貴族以外は、いかに強くても士官になれない」
カイも、しっかりした野心を心に秘めてパトリックのボディーガードをしているらしい。