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スペルランカー2  作者: 六青ゆーせー
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路地

そこは、とても豪華な応接室だった。


ダリア爺さんのボロボロの本ではない、高級な皮装丁の本が三方の壁を埋めつくし、奥の窓からは輝く王城が見晴らせた。


「キシュウ、ハイホーへー」


例によって、入れ歯を取った老牧師が神妙に語る。


牧師の座った前には、二つの入れ歯が置かれていた。

いずれも象牙の入れ歯だが、一つは下手に触るのも怖いほど、折れかけている。


話しは、相変わらず、さっぱり判らなかったが、チェコがすることは判っている。


入れ歯を手に取り、賢者の石で、まず折れた台座の木部を溶かして直した。


それから象牙を溶かし、また汚れも落として白くする。


「ハヤァ、プロァトー、イタマケュウカィケ!」


「えっと、お口の中を見せていただけますか?」


チェコは言いながら、超小型のノギスを取り出した。


「ヒシュヒ?」


「台座の仕事が雑のようだから、ピッタリ合わせますよ」


チェコにとっては、リコ村の農夫も大聖堂の牧師も同じだった。


口を覗き、ノギスで計り、ダリア仕込みの細かい仕事で入れ歯を調整した。


「じゃあ、嵌めてみてください」


ぱふん、と牧師は入れ歯を入れて、


「おお、全くぐらつかないぞ!」


と驚いた。


チェコは同じ様に、もう一つも直した。


「いや、驚いた手並みだな。

君は全く、貴族にしておくのが惜しいよ」


アハハとチェコは笑い、


「お安くしておきますよ」


パトスは既に料金計算を終え、ヒヨウを顎で使って明細を書かせていた。




「いやー、儲かっちゃったな」


チェコは喜んでいるが、それはダリアがリコ村で支払えるように配慮した金額だった。


ヒヨウは、そう教えた。


「おそらく、パトリックの家なら十倍は取るだろう」


「まー、俺は別に宮廷錬金術師じゃないし、なるつもりもないし、いいよ」


チェコは、少し危惧し始めていた。

老牧師の入れ歯くらいはいつ直してもいいのだが、錬金術の腕を見込まれたりすると、チェコの夢が遠退いてしまう。


チェコはランカーとしてプロになりたいのだし、できれば世界を旅したかった。

今は学校に行くのも、ランカーの未来に向けて大切なことだ、とキャサリーンも言うので学校に通うつもりだが、カビ臭い錬金術師になどなりたくないのだ。


チェコは馬車で屋敷に戻ると、素早く変装して、屋敷を抜け出した。


バトルシップで、もっと色々なカードを探して、ウサギに付加を付けてみたかった。


例によって塀を飛び降りたチェコだが、


「あれ、ヒヨウ?」


そこにはヒヨウが立っていた。


「休みの日におとなしくしているような奴じゃない、とは思ったが、どうして帰りに寄らないんだ?」


チェコは、老ヴィッキスがダウンタウンに行くのとを許可しない、とうちわけた。


「なるほど、そういうわけか…」


実のところ、ヒヨウの任務は、アルギンバの末裔であるチェコの監視だったので、コクライノに来てからも、ずっとチェコの尾行を続けていた。


前のチェコのお忍びで、悪党を捕まえて倒したのもヒヨウだ。

尾行も面倒になったので従者としてラクサク家に入り込んだが、逆に外に出ていくチェコを追いかけるのは難しい。


だが、老ヴィッキスに話すと、チェコの身辺警護のための外出を認めてもらえたので、ヒヨウはチェコを張っていたのだ。


「その外見は、目立ちすぎる」


と、ヒヨウは乗り合い馬車にチェコを乗せ、ダウンタウンの服飾店に行って、吊るしの服から帽子、ハーフパンツ、靴まで買った。


「へー、変わった服だね?」


分厚いウールのシャツは赤い柄物で、ズボンももっさりした綿織物だ。


「庶民はだいたい、こんな服装なんだ」


シルクのシャツにシルクのズボンを着けたチェコが、使い古した革の上着とブーツを履いて歩くのは、コクライノのダウンタウンでは灯台のように目立っていた。


改めてバトルシップに向かうチェコだが、路地で物音が聞こえた。


パトスの垂れた耳がピンと立ち、


「パトリックの声がした!」


チェコたちは、昼でも薄暗い、コクライノのダウンタウンの路地道に、足を踏み入れていた。


「へへ、囲まれたら、仕方ないだろ」


安いワインの酒樽が三段に積み上げられた奥、パトリックと、同い年のボディーガードの少年が、五人の身なりの汚い若者に取り囲まれていた。


「パトリック!」


チェコが驚くと、近くにいた若者の一人が、


「ち、めんどくせーな!」


とチェコたちに向かった。


チェコが前に出ようとするが、するり、と滑り出たヒヨウが。


何ヵ月も洗っていないような上着の若者の、腕をねじると、若者は無様に倒れた。


と、パトリックを取り囲んでいた男の一人が、吹き飛んだ。


「ん、なんだ?」


ボディーガードの少年が、どうも両手から何かを発射しているようだ。


「コノヤロウ!」


と右手の男が、錆びた剣を振り上げるが、男の手に、何か石のようなものがボディーガードから発射され、剣を取り落とす。


と左手の男が、長い棒を槍のように構えて、少年に向かった。


が、男の顔面に石のようなものが命中し、男はあえなく倒れた。


四人目が、その隙にパトリックを捕まえようと手を伸ばしたので、


「雷!」


チェコがスペルを放って男を倒した。


ヒヨウは五人目を取り押さえていた。


「大丈夫、パトリック?」


パトリックは、シンプルなスーツを着ていたが、仕立ての良いのは一目で判る。


「あ、ああ。

助かったよ。

ちょっと猫を追って路地に入ったら…」


ヒヨウは、


「お前ら、誰かに雇われたのか?」


と、問いただしていた。


「いや、俺たちは酒代が欲しかっただけだよ…」


五人目が、弱々しく答えた。


「…本当のこと、言ってる…」


パトスは、匂いでそういうことも判る。


ヒヨウは、五人目を気絶させた。


「バド、ダメだろ。

チェコさんたちが来たからいいが、ヤバかったぞ」


少年は、いつもは従順に振る舞っていたが、今はきつくパトリックを叱った。


「猫が欲しがったんだ…」


パトリックは、うつむいて呟いた。


パトスが、コゥ、と不思議な鳴き声を立てる。


と、親猫と五匹の子猫が歩いてきた。


「え、君が呼んだのかい?」


驚くパトリックにパトスは、胸を張り。


「…俺は精獣…。

…全ての動物と話ができる…。

どの子が欲しかったんだ…?」


「あ、うん、そのブラウンと白の虎がらの子が可愛くて…」


パトスが語り、親猫は了承した。


「…どのみち、五匹は育たないと思っていたらしい…」


トラがらの子猫は、おどおどとパトリックの側へ歩いていく。


「良かったねー」


ボディーガードの少年が、チェコに頭を下げた。


「俺はカイという。

一人では危なかった。

助かった」


「いやー、パトスがパトリックの声に気がついたんだ。

だから、パトリックが叫んだから、俺たちが来たんだよ」


アハハと笑うチェコと、トラ猫を抱いたパトリックの幸せそうな笑顔が交差したが、


「この辺は危ない。

表通りに出よう」


とヒヨウは指示を出していた。


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