教会
翌日は学校は休みだった。
なんでも、神に祈るための日であるらしい。
老ヴィッキスに連れられて、チェコとヒヨウは地域の教会に行った。
地域の教会、とは、この場合はコクライノ大聖堂の事である。
南大門から坂を上がったところにある、コクライノの観光名所であり、二つの尖塔はチェコも船から見えたので、よく知っていた。
まだ儀式の始まらない早朝、チェコとヒヨウは、まず洗礼という、教会の信者になる儀式を受けるのだ。
これを受けないことには、祈りの儀式に参加できない、という決まりが教会にはあるらしい。
チェコとヒヨウは、白い衣装に着替え、裸足で戒壇の前に立った。
牧師は、ヨボッヨボの明日にも死にそうな老人だった。
ヨタヨタと歩き、意味不明にバイブルを読んだ。
どこを読んでいるのか、というより何語で喋っているのかすら判らない。
「ヘシャイシュウ?」
なにか、水の張ってある石製の台の向こうで、老牧師は語った。
チェコは、ポカンと老牧師を見ていたが、
「歯が抜けて聞き取りずらいが、お前を読んだんだ…」
と、ヒヨウがささやき、チェコは、驚いて前に出た。
「チヒョウホーホーヘハヘリハハヘ…」
チェコはポカンと老牧師を見上げる。
「チヒョウホーホー…」
「右手首を水盤にかざすんだ…」
ヒヨウに言われて、おお、と右手を出す。
「カバリヒーヘーニョハハヘリロリニ、イハエハマヘ…」
牧師がたらり、とチェコの手首に水をかけると、手首が青く光った。
「ラ…、ラヒヘツクチョウロー!」
チェコが首をかしげると、
「どうも主は既に洗礼を受けていたようである。
ただ、問題は、主の手首の紋は、王爵の印で、臣下の印では無いことである」
あれ、祖父さんもヘマをやったな…、とチェコは困った。
教会の事など何も知らないので、どれ程の非常事態なのかも判らない。
と、老ヴィッキスが牧師に歩みより、
「これはプロヴァンヌ家の機密事項なのです…」
と、囁くと、
「ヒボゥウキリヒ?」
と歯の無い牧師は老ヴィッキスに問い直し、
「さようです」
と、声を潜めて老ヴィッキスが答えると、老牧師は、
「ヒョウラアナフ、アーヒョウナ…」
と、囁き、
「アヒョケケルマ、レーヒョウカゥ…」
「お前は主のお許しが出た。
今度は俺だ」
ヒヨウが囁き、チェコは後ろに下がった。
ヒヨウにたいしては、老牧師は盛大に、
「タラチナガュウーキ、アラウウカウコホー」
と祈っていた。
しばらく大聖堂の奥の貴賓室でチェコたちは休み、やがて、ぞろぞろと信徒が聖堂をうめてくる。
貴賓室にも、着飾ったエズラ・ルァビアンや、ドレスを着たリース・コートルタールなどが貴賓室にやってくる。
「あら、チェコもこっちだったのね」
とニンマリ笑うエズラ。
「ん、他にもあるの?」
リコ村には、教会は一つしかない。
「そうよ。
一番の名家はこのコクライノ大聖堂。
過去百年ほどで成り上がった者たちは、東のコクライノ教会。
パトリックとかは舟屋通りの市民教会に通うのよ」
そう言えばバトルシップに行く途中に、結構立派な城塞のような建物が立っているのが見えた。
チェコは、知ってる、と言いそうになったが、老ヴィッキスに知れたら怒られることを思い、へぇ、というにとどめた。
タッカーが育ったのは市民教会なのだろうか?
貴賓室には他にも、偉い人々が次々に詰めかけ、エズラは挨拶に忙しい。
「やあ。
君も朝から大変だね」
と、ドレスを着たリース・コートルタールが声をかけてきた。
「リースも名家なんだね?」
アハハとリースは笑い、
「うちは、まあ没落貴族と言ったところさ。
細々とやってる」
「そうなの?
立派なドレスだけど?」
「このドレスは母が娘の頃に着たもので、それでもあちこち家の者が手直しをして着せてくれているのさ。
最低限の貴族の身だしなみだね」
話したところで、時間です、と声がかかり、チェコたちは列を作って廊下を歩き、他の信徒より一段高くなったところに座った。
美しい音楽が響き、子供が歌を歌う。
そして、先程の死にそうな老牧師が、子供に支えられて壇に上がった。
「皆さん、おはようございます」
「あれ、普通に喋ってる!」
チェコは驚くが、ヒヨウが、
「よく見ろ、入れ歯を入れているんだ」
と教えた。
見ると、確かに、老牧師は幾分か若く見え、口に白いものが入っている。
「さっきは忘れていたの?」
「象牙の入れ歯は高級品だからな。
割れるのを恐れて、普段は外しているのだろう」
「ふーん。
象牙の入れ歯の修理ぐらい、簡単なのにな…」
チェコは呟くが。
「チェコ!
お前、割れた象牙の修理が出来るのか?」
ヒヨウが驚いた。
「…入れ歯の修理や農工具の補修はチェコの仕事だった…。
象牙も扱う…」
と、パトスも請け負った。
「これは驚いたな」
ヒヨウは呟き、す、と席を立つと、壇の端に立っていた若い牧師に何事か囁いた。
やがて説法が終わると、チェコは奥の間に呼ばれた。