鍵
チェコの手にもズシリと重い、黒々とした金属の鍵だった。
「鉄かな?」
「おそらく銀なのである」
と、エクメルが教えた。
「え、銀って、凄い高いんじゃないの!」
チェコは驚いた。
「…まー、こういう貴族の屋敷なら、驚くほどの事でもない…」
と、パトス。
「この部屋の鍵とは、形が違うよね?」
特にチェコにはプライバシーという概念も生まれていなかったので使ったことはないが、部屋の鍵は渡されていた。
この謎の鍵より、ずっと細い。
「探シテミヨウ!」
りぃんの提案は、即座に実行された。
夜の庭に、チェコは飛び降りた。
チェコ一人の力なら、さすがに飛び降りるのは考えるが、りぃんが参加しているのなら屋根に乗ろうが、飛び降りようが、全く怪我はない。
鍵の形状の違いは、つまり、屋敷内の鍵ではない、とパトスは推測した。
「…臭いを辿る…」
屋敷内の庭は広いが、りぃんの力で髪を伸ばし、空中移動しているチェコには、なんというほどもない。
チェコのシャツから顔を出したパトスが、庭の端から臭いを調べていく。
太い木々が、庭師によってきれいに整えられた庭を、チェコは飛行しながら調べる。
と…。
「…待て…」
そこは屋敷の奥にある、庭園のような場所だった。
チェコたちは、夜中に何度か探険しているが、うっそうと木がしげり、特に足を踏み入れてはいない。
「…この中だ…」
面積は、そう広いわけではない。
ただ、庭園のバランスなのか、太い木が立錘のよちもないほどに、まとめて繁っている。
地面に降り、シャツから飛び出たパトスが、しきりに地面を探り、木々の間に入っていく。
木と木のわずかな隙間に滑り込むと、
「…この上だ…」
チェコが見上げると、大木の間に、奥まってもう一本の木が生えているようだった。
「登れそうだね」
両側に木があるため、うまく体を支えさえすれば、なんとか登れる。
言ったときには、チェコはパトスをシャツに入れ、木に登っていた。
三メートルも登ると、奥の木の横に、子供なら入り込める隙間が出来ていた。
する、と中に入ると…。
中に、小さな扉がある。
「木の上に小屋がある!」
チェコは驚愕し、小屋に近づいた。
「ま、まるでエルフ小屋みたいだよね…」
いきなりエルフが出て来たりしないかと、チェコはためらった。
「こういうものは、ウッドハウスというのである。
おそらく、この家の持ち主の誰かが、意図して木の上に作ったものである」
エクメルが教えた。
「ふーん、エルフ小屋じゃないのか…」
それなら安心、とチェコが近づくと、アーチ型の扉があった。
ドアノブには、鍵穴があいていた。
チェコが鍵を入れると、カチリと軽い音がして扉は音もなく開いた。
中は小さいが部屋になっていた。
チェコは、持ってきたランプに火をともす。
それは、小さな書斎、とでも言うような部屋だった。
手前左に机があり、座りごごちのよさそうな椅子がある。
机の上には何冊か本が乗っているが、革表紙の立派な装丁の分厚い本だ。
本立ては精巧な熊の彫刻がつとめていた。
奥にはガラスのはまった窓があるが、夜なので外がどうなっているのか、までは判らない。
チェコが映っているだけだ。
窓から右側は斜めに天井が下がっていて、突き当たりにソファーがずっしり置かれていた。
「小さいけど居心地は良さそうだね」
チェコはソファーに座ってみるが、バネが効いていて気持ちがいい椅子だ。
「、、チェコ、夜に長居をすると、明かりが窓から漏れるわよ、、。
日のあるうちに調べた方がいい、、」
確かに、せっかく見つけた場所なので、調査する前に取り上げられるのは残念だ。
「そうだね。
明日にでも改めようか…」
チェコがソファから立ち上がらうとしたとき。
手が何かに触れた。
ん、と何気なく見て見ると、
「お、金の鍵だ…」
それはチェコの小指の先ほどの、ほんの小さな鍵だった。
「…おそらく、この部屋の何かの鍵…」
パトスが推測したため、皆はしばらく部屋を探したが、とくに鍵穴らしきものは見つからなかった。
鍵を手に、チェコはランプの火を消すと、ていねいに小屋の鍵をまたかけて、夜の庭に降りた。
庭は一通り歩き回っていたので、数分で部屋の下まで歩ける。
飛び込むように部屋に戻り。
「何の鍵だろうね?」
チェコは金の、ほんの数センチの鍵を手の平で転がすが。
「、、扉や大きなものの鍵じゃないわ、、。
たぶん小さな箱かなにかよ、、」
ちさが言うが、あの部屋にそんなものは無かったはずだ。
パトスは。
「…あの部屋を誰が作ったか、調べれば、きっとその鍵の事も判るハズ…」
と推測した。