出禁
「チェコ君。
デュエルに大人も子供も関係は無い。
命がけのデュエルに君が勝ち、父は負けたんだ」
カッ、と革靴を鳴らし、ミッチェルは敬礼をする。
「君は素晴らしいスペルランカーだ。
可能ならヴァルダヴァ軍に入ってもらいたい!」
チェコは驚くが、
「も、もちろんだよ!」
言うチェコを、チェコの胸からの野太い声が遮った。
「待つのである。
今や主はプロブァンヌの貴族。
元々、ヴァルダヴァの生まれとは言え、ヴァルダヴァ軍に入る事は、叶わないのである!」
「え、そうなの、エクメル?」
チェコが驚けば、パトスが。
「…確かに、もうお前はプロバァンヌの人間…、いや、育ちはリコ村とは言え、元々、生まれもプロバァンヌ…」
とパトスも唸る。
「やーん、このワンコ、喋ったわ!」
とエズラとフロルが、パトスを略奪する。
「…放せ、俺は精獣…!」
叫びながら、パトスは女の子たちに囲まれていった。
「何でプロバァンヌの貴族がドリュグ聖学院に入ってんだよ」
と皮肉屋のアドスが突っ込む。
「あー、俺は訳ありで、ちょっと命の危険があったんで黒龍山の麓のリコ村で育ったんだ」
と、チェコは笑った。
今、チェコが住んでいる屋敷は、庭園を入れればリコ村より広いかもしれない。
「君なりに大変だったんだね。
だから、その若さで卓越したスペルランカーになれたんだ」
と、さっきまで泣いていたレンヌが、チェコに同情の表情を見せる。
チェコが思い抱いていたのは、
なんとか友達を作りたい…!
その一心だった。
リコ村では、チェコの友達はパトスと八匹のウサギだけだった。
今となっては、まあ、懐かしい事もないでは無かったが、あのハブられかたは、二度と経験したくはない。
だから彼らにウケるなら、別に英雄でも道化師でも、チェコは全く構わなかった…。
「まあ、厳しい教育は受けてきたけどね…」
と、チェコは伏し目がちにダリアを思い浮かべていた。
「俺は認め無いぜ!」
へ、と振り向くと、ひときわ体の大きい男子が、シャラ、と腰の剣を抜いていた。
「止めろよタラン!」
レンヌが止めるが、うるさい、とレンヌを突飛ばし、タランはチェコの前に立った。
「この距離なら、スペルなんか怖くねーぜ!」
確かに…。
チェコとタランの距離は、ほぼ五歩。
一番早いスペルでも、鍛えた剣士なら発動前にランカーの首を跳ねられるかもしれない距離だ。
「アドス、彼は?」
アドスは冷ややかに笑い、
「こいつもレンヌ同様、山でお前にコテンパに兄がやられた男さ。
タランってガワラ男爵の次男、今は長男だ」
なるほど、と呟きながら、しかしチェコは山の時のようにはうろたえていない。
腰の剣、青鋼をスラリと抜いた。
「僕が憎いかい、タラン…」
「憎いんじゃねぇ!
お前なんかに負けるわけがねえ、と思ってるだけだ!
その涼しそうな英雄面をひんむいてやるぜ!」
え、とチェコは驚いた。
俺が英雄の顔をしている?
チェコは、肩書効果など全く知らなかった。
貴族の衣類を着て、三十分、他人にブラッシングしてもらい、国主のブァルダブァ候さえチェコを英雄として扱う中、知らず知らずにチェコが不思議なオーラを纏っているように周りには見えてきていることなど、チェコは知る由もなかった。
「じゃあ、俺を倒して自分の強さをアピールしたい、って事だね、タラン。
良いだろう。
じゃあ、俺が勝ったら、俺と君は友達だ!」
ちょっとドキドキしながら、チェコは語った。
何とか、友達認定をもらいたかった。
「け、俺が貴様みたいなチビに負けるかよ!」
叫んでタランは鋭く切り込んだ。
チェコの、臨時ストレートヘアの中の一本が、人知れず右に飛び、チェコはギリギリでタランの剣を交わした。
「タラン、良い踏み込みだ。
ただ、もっと相手を良く見た方がいい」
と、踏み込み過ぎてよろめくタランに、
「どうした、タラン。
俺は剣を抜いているよ。
君にスペルは使わない。
これは剣の勝負だ」
くそ、と叫んでタランはよろめき、屈んだ姿勢から、一瞬で鋭い突きを放った。
チェコは、カン、と青鋼の刃の無い方で剣を弾いて、ひらり、と闘牛のようにタランを交わした。
どて、と倒れたタランの首筋に、チェコの青鋼の尖端が、微かに触れる。
「チェコの勝ちだ!」
とレンヌが告げた。
と、
「痛っ!」
タランは、己の剣で、手のひらを切っていた。
「大怪我だ!」
とレンヌが叫ぶ。
が、チェコが皆を制して。
「ほら、見せてごらん…」
チェコの手には、楕円形の平べったい石が握られていた。
チェコが、指を走らせると、タランの傷は、血を止め、やがて傷跡一つ残さずに治癒された。
「まあ、それは賢者の石ではないですか!」
と叫ぶのは才女フロル・エネルだ。
「うん。
俺を育ててくれたのは腕のいい宮廷錬金術師だったからね。
このぐらいは簡単だよ」
治癒はとても高度な錬金術の技で、チェコがそうそう身に付くものでは無かったが。
興味の無いものには、全く知力を発揮しないチェコだが、山での経験が薬になったのか、ほぼ治癒の技だけはコクライノの錬金術師に習い、短期間に習得していた。
「驚いた、確かに今の傷は腱を切断していたはずだ。
タラン、指を動かしてみろ!」
レンヌに言われ、タランは指を動かすが、嘘のように自由に動く。
「驚いたぜ…。
七つの時に骨折してから曲がっていた中指まで、綺麗に治っちまっている…」
元々、緑のアースは治療に向いた色だった。
チェコはまた、黒のアースも持っており、これは魔物に対して有効な色、と町錬金術師に習った。
どうも、チェコとミカがちさと会ったのは、二人の黒のアースが引き合わせたのかも知れなかった。
「ああ、ごめん、余計なものまで治したかい?
素人錬金術でごめん…」
と、謝るチェコの手を、ガバッ、とタランは握り、
「ありがとうチェコ!
もう剣を握れなくなるところだった!
今日から俺は、お前の親友だぞ!」
タランはチェコの手をブンブン降った。
チェコは涼やかに笑っていたが、心の中では、
親友…!
という響きが、無数に反響し続けていた。
ハハハ、と生徒会副会長のナレンは笑い、
「どうだね会長。
今年のクラスは、既に英雄君のクラスになってしまったんじゃないかい?」
と福々しく笑った。
「そーだねぇ…」
と言いながら、美貌の生徒会長は、冷たい目で新入生を見つめていた。
チェコは、帰りの馬車の中で喜びのあまり発狂したように、夢中で老ヴィッギスに成功の報告をしていた。
パトスはプンプン怒っていたが、まあチェコにしては及第点だと誉めていた。
「それは良うございましたな、チェコお坊ちゃん。帰ってアンにも教えてやってください」
「あ、その前にさ、ヴィッギスさん。
ダウンタウンに行きたいんだ。
バトルシップって、有名なカードショップがあるはずなんだよ!」
チェコはおねだりするように老ヴィッギスの膝に手を置いたが。
「いけません!」
「へ?」
「良いですか、貴方は今や、天下のドリュグ聖学院の生徒なのですぞ!
ダウンタウンになど、とんでもない!
カードショップなら、三百年の伝統を誇る老舗、春風亭にお連れします!」
チェコは、まさか憧れのコクライノで、カードショップを禁止されるとは思っていなかった。
だが春風亭は、薄暗い威厳に満ちた老舗スペル店で、とりあえずチェコの欲しかったカードはなんでも揃っており、また世界中からカタログでありとあらゆるカードが取り寄せることが出来た。
チェコは山のようなカタログを手に、リコ村より広いラクサス家に戻った。