水晶の間
「今度の土曜からヴァルダヴァ城でスペルランカーの大会があるんだけど、その後なら、是非行きたいよ、ブリトニー!」
ブリトニーは、まぁ! と息を呑み、
「チェコ様、その若さでスペルランカーの本戦に出られますのね!
まさに武勇のほまれですわ!」
ブリトニーと将軍は大喜びだろうが、チェコはそれどころではなかった。
できれば少しでもカタログを頭に入れておきたかったがブリトニーを追い出せる程の男は、バトルシップには存在しなかった。
「あら、抜け駆けはずるいわね!」
え、とバトルシップにはなかなか響かない女性の声に振り向くと、そこには漆黒の髪を艷やかに光らせたフロル·エネルが、心配して駆けつけたらしいパトリックとカイと共に立っていた。
「フロル!
君、スペルに興味があったの?」
チェコは驚いて、つい高音で聞いてしまった。
フロルは妖艶に笑い。
「戦いは、詩作のインスピレーションを得るにはとてもいいのよ」
実際には、誰が戦うのか、で話は違うのだが、今、まだ性も知らず戦いにのめり込む蒼い獣には、ぜひとも、まだ、そのままでいてもらわなければ困る。
なのでブリトニーの動きには人をつけて見張っていたのだ。
「あら、父が招待するのはチェコ様ですのよ」
どんなパーティも、招待状が無くては扉は開かない。
「あー、それなんだけどさ…」
パトリックははにかむように弱く笑い、
「エレクタさんは父の友達でもあるんだよ。
僕らも、もしチェコ君が興味があるなら、誘ってみては、と父様に言われてさ」
裏でフロルが手を回したのだが、チェコは嬉しそうに、
「凄い。
じゃあ夏季休暇でもみんなと一緒にいられるんだね!」
本当に寂しかったチェコは、心の底から喜んだ。
そんな無邪気なチェコに、フロルもブリトニーも、何も言えなくなり、皆で魔女エレクタの屋敷を訪問する段取りになった。
皆が去った後、チェコは前よりズッとカタログが頭に入るのに驚いた。
皆と銀嶺山へ行くのは、本当に楽しみだった。
「なんか嬉しそうじゃないか、チェコ?」
新たにチェコの頭に声をかけてきたのはエズラだった。
当然のようにブーフと、謎の黒い少年が一緒だ。
チェコは嬉しさのままにエズラに、仲間と銀嶺山へ遊びに行くのだ、と話した。
が、おそらくダリアはエレクタと会うのに反対しそうだ、と頭を過り、
「ダリア爺ちゃんにはナイショだよ」
と、付け足した。
エズラはニンマリ笑うと、
「無論、そうしてやってもいい。
ただし、その遊興に僕も加わるのなら、だ」
エズラは元々、水晶の間でのデュエルに招待されたらしい。
それを誇りに来たのだが、楽しみな遊び話が飛び込んできたのだ。
「やはり赤ばかり調べているようだな」
白は、サルが不要と言うので、返していた。
「うん、ヴァルダヴァではマイヤーメーカーって赤使いが、ずっとトップランカーなんだよ」
エズラは鼻で笑い。
「他の者など眼中にないか?
お前、紫や青、マルチカラーや灰色の恐ろしさを、まるで知らないのではないのか?」
言われれば、水晶の間レベルのそれらのデッキを、チェコは夢想も出来ていなかった。
「いや、正直、そ~言うの、どう動くのかも判らなくて…」
「呆れたもんだ。
ヴァルダヴァ国王も見守る本戦では、十の地域で勝ち上がった猛者と、二人のシードが、全てお前と戦うんだぞ。
その中で多く勝った者がヴァルダヴァ代表となる。
赤だけを頭に入れても意味がない」
「え、そうなの?」
そんなに戦うとは、チェコは全く思っていなかった。
十二人なら二三回戦えば決勝だと思っていたのだ。
「まあ、どうせ、そんな事だろうと思ったからブーフに調べさせた。
よく頭に入れておくのだな」
かなり精密なレポートが、ドサリと机に置かれた。
流石にプロヴァンヌの軍事顧問の調査だった。
「お前が、あっさり負けては、若様も失望するからな」
何事も無いようにブーフは呟いた。
水晶の間。
それは無骨とも言える頑強で巨大な正面門を抜け、すぐに高い石垣に囲まれた通路を直角に曲がり、第二の門を抜け、広大な庭園を長々と曲がり進み、馬車止まりの大玄関を入ってすぐにある、広大な吹き抜けの広間だった。
無論、ここはデュエルのためだけの場所ではなく、舞踏会が開かれたり、国際会議の舞台ともなる場所だ。
今、ここに一つのテーブルが置かれ、対峙する二人のプレイヤーのために椅子が置かれた。
バトルシップより数段大きい投影機が壁に作られ、テーブルの上が映される。
これを、三方の壁際に並べた観覧席で、ヴァルダヴァ国王や貴族、将軍、招かれた貴賓客らが観戦した。
その貴賓席のヴァルダヴァ国王の前に、十二人の男女が一列に並んでいる。
大女のマイヤーメーカーや、山の英雄チェコという子供も含めた、かなり特色ある人間たちだ。
いかにも軍人、という、いかつい男もおり、老齢に近い白髪の男もいた。
たぶん白使いだろう僧侶の衣装を着た男とも女とも判らない人物や、顔に酷い傷をつけたヒョロリと背の高い、猫背の陰鬱そうな男もいた。
チェコに比較的近い年齢の、たぶん二、三年生ぐらいの双子の姉弟もいた。
彼らは二人でチームを組んでいるようで、つまり十三人がヴァルダヴァ国王の前に並んでいた。