夏季休暇
学内は、チェコを中心に、ソワソワした空気に包まれていたが…。
「ハーイ!
それでは今日から学力考査を始めるわよ!」
相変わらずのテンションでキャサリーンは宣言した。
「ん、考査って?」
チェコは首を傾けるが。
「今までの教育がどれだけ君たちの頭に残ってるかの確認よ~!
まあ、君たちはありのままでいいのよ!」
チェコは、ふーん、とあまり理解しないまま頷いたが。
「あー長期休暇の前にはテストがある。と姉さんが言ってたな…」
アドスは顔を曇らせた。
「長期休暇?」
ポカンとチェコが聞いた。
「二ヶ月間、学園が休みになるんだよ!
僕は銀嶺山の別荘に行くんだ!」
一時は誘拐されるのが趣味のようだったパトリックが、嬉しそうに言った。
だがチェコにとっては寝耳に水の事態だった。
学校が大好きだったし、しかも学内で荒稼ぎをしていたのだ。
二ヶ月も学園が休みになる!
それはかなりの衝撃だった。
チェコは学校にしか友達もいないし、お客もいないのだ。
「…大会にとっては集中できる…」
パトスは利点を教えた。
まあ、確かに…。
スペルランカーの本戦は無論楽しみだったが、しかし未知の世界であり、チェコの技術水準でどこまで戦えるのかは全く不明だった。
集中できる、とは言うが、何に集中すべきなのか、全く判らなかった。
ソリストとしてチヤホヤされながらも暗澹たる気分で学力考査に臨んだチェコだったが、そもそもチェコの苦手教科は公用語だけであり、それもパトスとエクメルが協力してくれたので、特に壁に接近することもなくテストをクリアした。
それから数日間は試験休みだという。
どうやらスペルカードと格闘する数日になりそうだった。
「白アースが増えた!」
それはいい話だ。
とはいえ、一アースであり、使えるカードも限られている。
殲滅 どんなカードでも一枚、破壊する。
は、白が二アース必要だった。
白一アースで買えるのは農奴とか貧民などの、安い以外に取り柄のないカード。
たまに凧で飛ぶ兵士、など飛行を持つ、しかし一/一のものもあったが、あまり面白みはない。
エンチャントや瞬間魔法は強いのだが、白のアースが沢山必要だった。
「弱い天使なんていらないしな…」
ゲルニカで天使は充分過ぎる。
「…魔石を買えばいい…」
確かにそうなのだが、それでも一ターンに一枚使うだけだと、どの程度動くのか、謎だった。
とはいえ、地形カード以外、全てのカードを破壊できる殲滅はたとえ一枚でも価値があった。
それにエルミターレの岩石や黄金蝶が出れば、もっと素早く白アースも出せると思えば、やはり最大五枚あっても困らない。
後は色変え、というのが白の面白い特技だ。
例えば緑で再生、という召喚獣を敵の使わない色に変える。
厄介な再生召喚獣が、ただの壁に成り下る訳だ。
ただ、自分のデッキで使える意図が無い場合、相手に色を変えられるカードがあるのかは不明だ。
しかし本戦がどう推移するのか分からない以上、買う軍資金があるのなら買っておいた方がいいかもしれない。
そう。
バトルシップでの予選では、カード売り場があったのでチェコも何度かカードを調達できたが、本戦はヴァルダヴァ城で行われるため、カードは持ち込まない限り、その場では動きが取れない可能性があった。
チェコは吊るしの服を着て、乗合馬車でバトルシップに向かった。
今回は黒鎧などにも会わず、バトルシップに入ると、他の子供に混ざってカードを買ったり、カタログを眺めたりした。
「おいおい。
白なんか見ててもマイヤーメーカーには勝てないぞ!」
後ろから声がした。
振り向くと右目の下から唇にかけて、まるで仮面のように入れ墨をしたサルが、チェコを覗き込んでいた。
「奴は白対策は完璧なんだ!」
チェコは、えっ、と振り返り。
「この静寂とかはどうするの?」
赤のカードを全て封じる、悪魔のようなカードだ。
ハハハ、とサルは笑い。
「赤にも打ち消しは少ないが存在する。
だからそんなもの買ってもデッキの肥やしにもならないぞ」
なるほど…。
ある意味、一番初歩的な赤対策で、マイヤーメーカーぐらいになれば欠伸の出るような作戦かもしれない。
「だから青で地道に落とすんだ。
こういうのを、本当に上手くやればマイヤーメーカーの思惑を外せる」
サルは言い、
「ま、殲滅はいいが白二アースでやるのは、相手にはみえみえの攻撃だ。
それよりはお前は黒も使えるし、打ち消しを効果的に使えるよう、修練を積むんだな」
「修練?」
「どんなに打ち消しを入れても、全てのカードは落とせない。
だから相手のキモを防ぐ事だ」
まーチェコにも、全ては防げないのは判るのだが、赤のキモというのが判りにくい。
赤には、プレイヤーに直接ダメージを与える雷、火球のような瞬間魔法が多いのだ。
チェコがそれをボヤくと。
「今は、相手の大量のタフネスを削るようなカードは禁止になっている。
だが、長期戦では赤はどうしても不利だ。
だから必ず短期決戦を目論む。
それを頭に入れて戦うんだな」
言うだけ言うと、サルは片手を上げて去って行った。
それ以上の助言をするつもりは無いのだろう。
チェコはサルの助言を受け、今度は黒や緑のカタログに頭を埋めたが…。
「チェコ様〜!」
なんと、そのパワーで子どもたちを弾き飛ばしながらブリトニーが駆け寄ってきた。
「え、ブリトニー、バトルシップなんて知ってたの?」
「お友だちのパトリックとカイに聞いたのです!」
あー、二人は一度、護身用にスペルカードを勧めていた。
「チェコ様、私の叔母に会いたがっていましたわね!
お父様が、夏季休暇にチェコ様をお誘いして銀嶺山ヘ行ってはどうか、っておっしゃっているんです!」
確かに、魔女という叔母さんにも、その夫にも興味はあった。