妖怪
その夜はラスタス家でもプロブァンヌ料理が出され、リリザも配膳係として頑張った。
「そういえばブリトニーの家で魔女の肖像画を見たよ」
チェコの話は思いつきで飛ぶので、またダリアに叱られたが、将軍の家に行った、と説明し、
「凄くきれいな人だった。
それと、まだ子供、多分五、六年生ぐらいの、女みたいに綺麗な少年が旦那なんだって」
「魔女という人種はいない。
厳密には魔法技術者か錬金術師なのだが、女の場合、お産に立ち会うことが多いため、男とは仕事内容がかなり変わり、一般に魔女などという悪い言葉を使われる事が多いのだ。
まあ、お産に関われば堕胎などに手を染めざるを得ないし、仕方ない部分もあるのだがな。
よほどの物好きでなければ魔女と結婚を考える男も少ないので、大恋愛の愛妻家でなければ、魔女が夫にするのは魔物が多い。
その子供とやらも、多分、人では無いのだろう」
ダリアが語った。
「なんとなく、俺もそんな感じがしたんだよ。
人間離れした感じだった」
チェコも頷く。
「魔物が人間と結婚出来るのか?」
エズラは、首を傾げた。
「魔物にもよるが、人間の血が欲しい妖怪もいるし、人と子をなすと人に似た容姿の子が出来る。
人間社会に入り込むことにメリットを感じる魔物も少なくない」
「メリット?」
チェコが聞くと。
「人を食らう魔物がいたとして、二目と見られない怪物なのと、見目麗しい美男美女なのでは、食らえる量に違いが出るだろう。
もっと知的な奴なら、裏から人間社会を動かして、自分に都合のいい社会を作る、とかも考えられる」
「妖怪と魔物の違いってなんだ?」
エズラが聞いた。
「厳密な違いは無いかな。
だが妖怪と言う場合、知能や魔力が高く、人に化けたり妖術を操ったりする者を言うのかな」
とウェンウェイ。
「へー、妖術って初めて聞くなぁ!」
チェコは驚いたが、
「簡単に言えばお前の遊んでるカードゲームの、召喚獣の特殊能力と思えばいい」
ダリアが胡椒を噛み潰したような顔で教えた。
「妖術にはカード程バリエーションは無いが、強い妖怪ともなると自らもカードぐらいは使うから侮らん方が良い」
「え、召喚獣がカードを使うの!」
チェコが叫んだ。
「そもそも、人間に味方して召喚に応じる魔物を指して、召喚獣と総称するんだ!
そういう生物がいるわけではない」
叱りつけるようにダリアが言う。
「でも俺、そんなのがいるなんて全然知らなかったよ」
チェコが驚くと、ウェンウェイが、
「そうそう、どこにでもいるようなものじゃ無いかな。
知能が高ければ、当然、人から隠れるし、仲間で集まり、人に知られないように生きるのかな」
「え、人間を恐れてるの?」
「バカめ!
人の血を吸ったり、人を食べたりする、と言っただろうが!
何の敵対行為も無い魔法生物、妖怪でも、人間に狩られる要素がある場合は隠れ住むし、そうでなくとも積極的に人と関わる妖怪は少ない。
メリットが無いからだ!」
メリットか…。
つまり、人前に出てくる妖怪は、人間から何かを得ようとしている訳だ。
「じゃあ、もし彼らのメリットになるのなら交渉の可能性もあるかもね!」
チェコは目を輝かせるが、ダリアはピシッと叱った。
「迂闊に近づくような相手じゃないから妖怪なんだ!
ドワーフやトカゲ人間などとは話が違うんだ!」
「お前も悪魔の恐ろしさは骨身に染みているはずだ。
妖怪は、友達じゃ無いんだ。
そこは勘違いをしちゃ駄目だ」
プーフにも言われ、チェコもとりあえず危険な者であるのは理解した。
その夜は、遅くまで賑やかな会食が続いたが、やがてエズラたちはホテルに帰った。
「チェコ、あの雨乞い歌は軽はずみに歌うなよ」
帰り際、ダリアが不意に言った。
「え、駄目なの?」
雨が降り、稲妻まで落ちる強い魔法だ。
カードでも稲妻、という名の物はあるが、一人に放電するだけで、天から本物の落雷がある、となると範囲も凄いし、強い武器を手に入れた、とチェコは喜んでいたのだ。
「自然を無理矢理に変える、というのは、世界の歯車を狂わす行為なのだ。
その時は良くても、必ず何処かで歪みが生じる。
特に、お前の、あのレベルの力は異常だ。
何が起きるか解らないし、また、この確率で雨を降らせる人間がいる、と知れたらお前を欲しがる者も出てくる。
あれは大変に危険な力なのだ」
ひどく真面目くさってダリアが教えた。
そこまで真剣に話すダリアは珍しかったので、チェコも素直に、
「うん、判った」
と惜しかったが封印することにした。
ヒヨウは、その日のうちに貧民窟のパトロールを手配した。
「ハイロンの財力を考えると、数名のエルフでまともにやり合えるとは思えんがな。
憲兵ぐらいなら追い返せるだろう」
翌日、学校にゆくと、チェコはとんでもない人気者になっていた。
馬車がファンの女子に取り囲まれて降りられない騒ぎだ。
やがて先生たちが飛んできて、なんとかチェコの一日が始まった。