操神
「そっか。
土なら焼けないもんね」
チェコは言うが、パトスが。
「…素焼きの瀬戸物になる…」
教えた。
が、聞いていないのか、チェコは叫んだ。
「青鋼!」
と、腰の剣が、鞘から飛び出し、チェコの手に収まった。
「なんだ、あれは…」
エズラは驚くが、ブーフは。
「チェコなりの工夫だろう。
剣を抜く一瞬が、隙になることもある」
「操剣術という魔術があるかな。
極めれば百本の剣を自在に操るというかな」
「ま、そんなの学校じゃあ教えないだろうがな」
ダリアは苦々しく語った。
「だいたい、奴は集中力がまるでない。
そういう、繊細なアースのコントロールには不向きだろう」
「ダリア、あんたは奴が戦争で何を得たかを判ってない。
奴は、山の戦いで、何度も死地を潜り抜けた。
今は、ちょっと別物だぞ」
ブーフは、意外とチェコを買っている様子だった。
蜂の巣をぶつけたりメチャクチャしたチェコだが、ブーフは年の功か腹を立ててはいない様子だ。
ノームは、下半身を土に沈めたまま、チェコに威嚇の叫びを上げるが…。
その叫びが呼んだのか、周りで、同じように土が波打ち始めた。
「ち、こりゃ集団魔法か…」
チェコは唸った。
アフマンと互角かそれ以上の剣の使い手だったグレータも、闇討ちで集団に取り囲まれて、不覚を取った。
一対多というのは、それだけ難しいのだ。
一人で操っているとしたら何十ものアースを持った達人レベルだが、そんなものがハイロン準爵ごときに使われるとも思えなかった。
おそらく何人かのスペルランカーが隠れて操作しているに違いなかった。
「、、チェコ、敵は十体いるわ、、」
剣で相手にするのは、なかなか手ごわい。
それに、普通の召喚獣は人間を相手にする場合、半分のパワーになるが、チェコはノームなどという召喚獣は知らなかった。
もしかすれば、公式では使えないオーバーパワーの軍事召喚獣の可能性もあった。
パーフェクトソルジャーと言うほどの能力は感じないが、数で来られれば苦戦は免れない。
「…チェコ、まずいぞ。
スペルを使え!」
チェコも青鋼を構えながら…。
「いや、みんなに怪我をさせないでコイツらだけ倒すようなスペル、持ってないよ…」
この貧民窟はチェコが作り上げたようなものだし、その住人たちも今やチェコの大切な友達だった。
リコ村でウサギしか友達のいなかったチェコに出来た、大切な人たちだ。
チェコは脂汗を額から流しながら、
「ねぇパトス?
泥って、水に弱そうだよね?」
パトスは怪訝に…。
「弱いとは思うが、この数の敵に使える水魔法なんて…」
チェコは剣を天に掲げた。
「ようぃよい」
聖歌隊の声で、不意に歌い出した。
「はいぎゃはいきゃのぅ、いってんにくうぅりわぁ」
青鋼は、薄く光を放ったようだ。
「がるにたけあんでぁ、まんまぁわけてなぁ」
「…チェコ、何やってる…」
パトスは不審に問うが、ちさは。
「これは、雨乞いの歌だわ」
「…雨…?」
そういえばダリアは何度か雨乞いをしたし、チェコも手伝っていたが、パトスは村人の輪には加わらなかった。
「バカめ、そう簡単に雨など…」
ダリアは言うが、ポツリ、とそのダリアの額を、冷たい水が叩いた。
「あれに、巫女の資質があるとは驚きかな」
ウェンウェイも唸る。
「ほぅきくににぁあ、あまじぃるわいてぇ」
「母親が母親だ。
やる意思があれば、雨乞いなどは初歩の操神に過ぎない」
ダリアは言うが、
「しかし操神のなんたるかも知らず使うのは、危ういな…」
「操神とはなんだ?」
エズラの問いにウェンウェイが。
「自然現象を操るとは、つまり神を操ることかな」
と教える。
「だが、神というのは気まぐれだ。
おとなしく言うことだけを聞いてくれるような慈愛は持ち合わせていない」
とプーフ。
パラパラと、地面に音を立てて雨粒が落ちてくる。
すぐに、ザッ、と辺りが見えづらくなるほどの雨になった。
「…おいチェコ、ここは崖だぞ…」
あまり大量の水は、この土地には危険だった。
だがチェコは、なおも透き通る高音を響かせ、歌い続ける。
「不味いな。
神が降りやがったか…」
ダリアが不機嫌に呟く。
「、、チェコ、気を確かに保つのよ、神に身を委ねてはダメ、、」
ちさがチェコの耳たぶを引っ張った。
「おけぁあが鳴ればぁ、二つぅかぁげぇ…」
チェコの声が滝のような雨音を切り裂くように、周囲に響いた。
と、いきなり…。
天から轟音が鳴り響き、奥の茂みが爆発した。
「うわっ!」
大地が揺れて、エズラは倒れそうになるが、ブーフに支えられた。
チェコが青鋼を、ガチャリと下ろした。
雨が止み、ノームたちは消え去った。
チェコは放心したまま、荒く息をしていた。