カルテと毒薬
エズラのカルテを書き上げたチェコだが、教室の外にチェコの顧客がズラッと並んでしまった。
髪染め、ニキビ消しなど一般的なものから足の臭い消しやら乳首を小さくするなど、独特のものまで、思春期のあらゆる悩みがチェコに相談されるのだ。
チェコは手早く、薬を売りさばいたり、賢者の石で肉体を変えたり、忙しい。
「グラデーションでさ、太ももはツルツルで脛毛は産毛ぐらいに欲しいんだよ、色は金髪な」
確かにそんな事はチェコにしか出来ない。
「染めないで金髪にならないかな?」
「今のキラキラの髪は無理だよ。
薄目のブラウンか薄目の赤毛ぐらいにはなるけど」
「顎を細くしたいのよ」
「骨が細くなると、固いものを噛むのが難しいよ」
中には、位の高い貴族の師弟が人払いして。
「実は入れ歯なんだ。
本物の歯が欲しい」
入れ歯は象牙なども使うためとても高級だが、金持ちは、歯で顔の形を調整できるために入れ歯の者もいる。
だが、日常、固いものが噛めない、などの不都合や入れ歯が露見するのは、思春期男子には恥ずかしい。
チェコは器用に、入れ歯の歯並びのままの本物の歯を作った。
医療錬金術では、虫歯の治療などは日常なので、歯の再生自体は基本のようなものだ。
ただ、スマートな顔を作るためにコンパクトな入れ歯を入れているのに、同じ歯を本物で作るのは、やや複雑な手順を踏むことになる。
人数を裁き、教室に帰ったチェコに、アドスが、
「なー、俺、昨日から虫歯なんだ」
見てみると、歯はボロボロだった。
チェコが苦心して治すと、俺も、あたしも、と虫歯治療が集まる。
この時代、まだ虫歯治療は普及していなかった。
歯磨きもガーゼで拭くぐらいのもので、大人はほとんど歯槽膿漏になっていた。
「そうだ。
マイヤーメーカーには再生召喚獣で攻めようかな」
散々、虫歯治療をしたあとで、チェコは思い付いた。
エズラ・パンは剣や格闘術は免除なのだが、隣にチェコがいるのだから、とチェコが様子を見ながら、基本的な剣技や格闘術をレクチャーした。
あくまで初歩の初歩なのだが、エズラには新鮮だったようだ。
「青空の下で汗をかくとは気持ちいいものだな!
これも南国故か」
ヴァルダヴァはそれほど南国では無いのだが、プロヴァンヌに比べると、ずいぶん気候が穏やからしい。
「それにミルクが旨いしな」
プロヴァンヌに多い山羊ではなく、ヴァルダヴァは牛の牧畜が盛んなので、ミルクは癖がなくマイルドだった。
帰りにダリアに今日のエズラの様子を伝え、カルテを渡す。
「ふん、慣れぬ運動をしたのだ、もっと経過を観察しろ」
怒られてチェコは再びエズラを調べる。
あちこち、筋肉痛のようだったが、呼吸器は問題なかった。
エズラの馬車が去っていくと、チェコは大きくため息をつき、
「俺が倒れちゃうよ」
とぼやいた。
「、、まだまだ気は抜けないわよ、、。
大会用のデッキも作らなきゃ、、」
色々、やることが重なっていた。
明日は教会にも行かなければならないし、そのため、聖典の暗記もしっかりしないと行けない上、チェコは聖歌隊のソリストでもあった。
一人で歌うため、曲と歌詞を覚えるのも、今までデュエルの大会のため、後回しにしてきたのだ。
「アンさんが聖歌の練習をしてくれるそうだ。
急いで帰るぞ」
ヒヨウに急かされ、馬車に乗りかけたチェコを、貧民窟の長髪の男が呼び止めた。
「貧民窟で疫病が流行ってるんだ。
見て欲しい」
命がかかっているとなれば、仕方がなかった。
馬車は街の北の端に進む。
馬車から降りると、池に魚が浮いていた。
「え、どうしたの?」
「わからん。
この魚を食べたものが、皆病気になった」
調べてみると、魚は毒によって殺されていた。
池に毒が撒かれたのだ。
「毒だと!
俺たちは、池を守っていた。
近づいたものなどいないぞ!」
「遠くから小弓で打ち込むとか、夜間ならほぼ見つからないはずだよ」
貧民窟の回りはひどい藪であり、ここへ忍ばれれば、どう警備したとしても、とても発見は難しい。
しかも、貧民が手を入れるのは、憲兵が厳密に禁止していた。
「ここまでされちゃ、打つ手がない」
チェコは嘆くが、ヒヨウは。
「そうでもない。
この辺の藪ならば毒草もよく繁殖しそうだ。
そっちは俺が手を打つから、チェコは病人を治療してくれ」
なるほど。
ウルシ程度でも、忍んでくるものには、特に夜なら相当な罠になる。
チェコは病人に解毒をして、池の水を浄化した。
水に濡れないりぃんが、池底に矢が数本落ちているのを見つけた。
幸い、貧民窟の人間は、元々ひどいものを食べていたため、死人は出なかった。
死んだ魚も、解毒してスープにして、皆に振る舞われた。
「…チェコ、早く帰った方がいいぞ…」
パトスにも急かされ、ヒヨウは毒草を植え終わったので、屋敷に急いだ。




