ダリア来たりて…
「チェコ!」
エズラはすっかりチェコに気を許している。
手を振るエズラの方に向かうチェコだが…。
「げっ、ダリア爺ちゃん…」
何ヵ月も切っていないボサボサの白髪、三日は着たままだろう野良着を着たまま、シワだらけのダリアは気むずかしげにエズラの心音を聴診器で聴いていた。
「チェコ、痰を取るのは良いが、炎症を押さえんと、すぐまた痰はたまるばかりだぞ!」
チェコは首をすくめながら、
「だからブーフに爺ちゃんを勧めたんだよ」
と答えた。
「ちょっと賢者の石を出してみい!」
チェコは慌ててカード化した石を出し、今度は炎症を押さえるべく、チューニングを始めた。
「誰が、いきなりチューニングを始めるなんて教えた?
まず、丁寧に状態を調べて、万全の状態で手当てをする。
ガキがわるい癖をつけるな」
あー、懐かしのダリア爺いだ…。
チェコの目が死んでいく。
「ああ…。
そーだね…」
紙とペンを出し、細かく肺の状態を調べていく。
確かに炎症はあるが、本人は元気だし、薬物治療でいい、とチェコには思えるが…。
「チェコ。
肺は何のために心臓の隣にある?」
「ん、そりゃ…」
言って、血液中の酸素量を調べ、チェコは青くなった。
「え、エズラ、苦しくないの?」
常人なら倒れているような低酸素状態だ!
エズラはポカンと。
「何がだ?
僕は普通だぞ?」
チェコは驚いて、初めてダリアを直視した。
「爺ちゃん!
どうなってるの!」
ハァ、とダリアは大きくため息をついて、
「慢性の喘息患者は、常に低酸素でも異常に気がつかない。
そのまま、ただ隣の部屋に歩いただけで倒れる事もある」
チェコは慌てて、再度肺を隅から隅まで調べて、炎症を収めた。
血中の酸素濃度は、ギリギリ正常値になった。
「確かにダリアは若様に必要だな」
ブーフは言うが、エズラは。
「ウェンウェイだけでもうるさいのに、こんな爺さんまで家に入れるのか!」
チェコは慌てて、
「ダメだよエズラ!
寝具まで、しっかり調べてもらわないと!」
「寝具?」
「今のプロブァンヌには、そんな事も判らぬ医師しかおらんのか!」
怒鳴るダリアの横で、チェコはエズラに、
「寝ている間に発作が出たりするだろ?
喘息は夜から朝、最も冷える時間に、睡眠中に起こることが多いんだ。
そして、寝具に原因があることもまた、多いんだよ。
豪華でも、埃の多い寝具や、目に見えない小さな虫の死骸なんかが原因になるんだ」
と説明した。
「ふん、教科書通りだが、まともな説明だ。
だが原因は様々。
お前も調べ方は知ってるだろう!」
「えー、あれは微妙なところがあるからダリア爺ちゃん、いや大先生がやってよ」
「全くお前はいつまで立っても!」
チェコとダリアは言い合うが、エズラはブーフに。
「あの年齢で、あそこまで出来たら天才に近いだろ?」
と囁いた。
ブーフは、
「チェコは才能豊かだから、ダリアは赤子から育てた分、もっと沢山、と自分の全てを教えたいんだ。
チェコなら、ダリアの跡継ぎの錬金術師にもなれる資質があるからだ」
と囁き返す。
「いいから!
横で見てやるから反応テストをしてみなさい!」
怒鳴るダリア。
いや、そうなるから、やりたくないんだよ…、とチェコの心は呻いていた。
一言、反応テストと言うが、この世にはあらゆるものに拒否反応はある。
麦にもあり、米にもある。
テストは多岐にわたり、とても微妙なタッチを都度、繰り返さなければならないのだ。
チェコは何度もダメ出しをされながら、アレルギーテストをした。
エズラは重篤な慢性喘息だが、アレルギーは主にダニやカビだけらしい。
「爺ちゃん、ブーフとウェンウェイさんが、エズラの寿命の事で芳しくないことを言っていたんだけど、どう思う?」
ダリアはギロリとチェコを見、
「優秀な医師がついていなければ、確かに長くは生きまいな」
「あ、じゃあダリア爺ちゃんがいれば!」
いかつい拳骨が、チェコの頭を襲った。
「わしを何歳だと思っている。
出来る限りはするが、当然、わしとて十年もお守りできるかどうか、分らん」
「えー、じゃあどうするの?」
「わしがお前に聞く事だ。
十年はともかく、その後、皇子が頼れるのはお前とブーフしかおらん。
そうでなければ、あの子は、父より先に天国の門を潜るだろう。
わしもウェンウェウィもできる限りはするが、先を受け持つのは、お前なんだぞ」
「いや、俺にだって色々…」
「まー今は学校でできる限りのことを学ぶのだな。
その間ぐらいは、俺とウェンウェイでどうにかする。
人の命を預かっている、そうお前は忘れずに生きる事だ!」
今、自分はスペルランカーになる、など言っても仕方なかった。
それに…。
たぶんダリアやウェンウェイさんが、そうそうたやすく死ぬとは、チェコには思えなかった。




