別館
キャサリーンにチェコが頼まれた仕事は、ただ生徒会と接触したら報告してくれ、というだけだった。
「ふーん…」
と、空返事したチェコだが、
「…今朝、フロル・エネルがイケメンと言ってた…」
とパトスが教えた。
「あー、なんかエルフの貴族だとか」
と、チェコも思い出した。
「そうそう。
その程度でも教えて欲しいの」
次の授業もあるため、それでチェコたちは実習室を出た。
「ヒヨウの仕事も、生徒会と関係あるの?」
チェコは聞くが、
「それは、お前が知らない方が、俺もキャサリーンも都合がいいんだ。
ほら、知っていると態度に出たりするだろ。
お前は、夢中で自分のデッキを仕上げていれば、それが一番、俺たちには都合がいい。
知らないから耳に入る情報、とかが一番欲しいのだ」
ふーん、と返事をしながらも、チェコは、それなら、とばかりに付加のカードを読み出した。
それによると、任意のトレースした召喚獣に付加を乗せ、上に付加する、瞬間スペルかエンチャントスペルを乗せればいい、ようだ。
コストはだいたい、召喚獣プラス魔法スペルのコストになるが、アバウトらしい。
「どうしてアバウトなんだろう?」
「トレースした召喚獣は、規格が決まっていないからだ。
おおむね一のコストで出るウサギも、お前の場合、柄も大きさも、かなり差があるだろう」
「あー、ちびとまんじゅうの差は、かなりあるよ」
ちびは文字通り、成獣だが子供のように小さく、まんじゅうは、大きい上に太りすぎでプヨプヨしていた。
「じゃあ、小さい方が安くなる可能性があるのか!」
「そうとも言えない。
魔法との相性というのがあるのだ。
色々試した方がいいな」
「え、でも一度付加を使ったら、戻れないよね?」
「いや、魔法カードを乗せずに付加を使えば、もとに戻る。
だから、何度も試して見るんだな」
ほう、これは遊べそうだな、とチェコは喜んだ。
「魔法式って難しいんだろうね?」
「そうだな。
難しいものは、難しい。
カードの文字が書いてある下にある記号が魔法式だ。
意外と単純なものも、たまにあるぞ。
そういうものは、専門家に言えば、オーダーメイドもできる可能の場合がある」
付加のカードを見ると、なるほど下に見慣れない記号が三行、並んでいた。
「ま、判らないのに自分で魔法式はいじらない方がいい。
紙に書いただけで発動する場合もあるからな。
気になったらキャサリーンに聞け」
チェコとヒヨウは、ギリギリで教室に飛び込んだ。
チェコは午前中、付加をしたくてウズウズしていたが、学校では止めた方がいい、とパトスとちさが止めるので、カードの魔法式を見て過ごしていた。
下手にノートに写しても発動する可能性がある、とヒヨウが言ったから、ノートにも書けないが、似た記号は使われている場合が多いようだ。
「ねーパトス、二つ頭の魔法式の頭のこれ、と、キノコになーれ、の頭、同じ魔法式だ!」
チェコが発見した。
「…ほんとだ…。
…たぶん、変身させる魔法式だ…」
とパトスも驚く。
「シータ、プラスで変わる、という意味なのである。
さらに、先にあるデラ、とガイナの先の文字が変わる対象を示している」
エクメルが教えると、
「おお、本当だ!」
とチェコは感動した。
ちょっとだけ魔法式が判った気がした。
授業が終わり、昼食にレストランへ行こうとしたチェコに、不意に教室に来た上級生が、
「チェコ・ラクサク。
ちょっと生徒会まで来い」
と、言った。
チェコは驚いたが、しかし生徒会か、と思い直し。
「えっと。
生徒会というのは何ですか?」
チェコが聞くと。
けけ、と浅黒く、縮れた髪の毛をロン毛にした男は意地悪く笑い、
「この学院で一番偉い奴らさ」
と、チェコを見下ろした。
ヒヨウは、休み時間には仕事なのか姿を消すようだ。
チェコは、意を決し、
「判りました」
頷くと男の後ろについて、歩き始めた。
「先輩も生徒会なのですか?」
男は、両手をズボンのポケットに入れて、肩を振って歩きながら、
「違うが、善意で手を貸しているのさ」
決して善意などあり得なそうな、黒いオーラを撒き散らしながら語った。
「生徒会が、なんの用事なんだろう?」
けけ、と男は笑い。
「あのな、生徒会の呼び出しなんて、良いことの訳が無いんだよ、覚えておけ」
男は、今朝ヒヨウと向かった別館に進んだ。
その三階に、チェコは案内された。
「おー、連れてきたぜ」
ギィ、と扉を開きながら、男が声をかける。
部屋の中には、大きな机があり、その奥に、窓を背にして、ヒヨウとは違う、短い髪のエルフが白い手袋をはめて、座っていた。
両肘を机に置いて、手袋の手で細い顎を支えているようだ。
「ほう、君が有名なラクサク君か」
余裕たっぷりにエルフは語った。
「私は生徒会長のタメク・ストロンガだ」
「チェコ・ラクサクです」
チェコは頭を下げるが生徒会長は話を続けた。
「君は昨日、暴力事件を起こしたようだね」
ん、と考え、あのブルーのことか、と思い当たった。
「えと、あれは先生に報告したことですが?」
「生徒会は生徒の自治による組織なので、それは関係ない」
ピシャリとタメクが声を張り上げたとき、
「ほー、既に学校で処理された事故に、生徒会が独自に制裁を加えるのが自治、と言うつもりかな?」
ドアを押さえていた浅黒い男は気絶しており、ヒヨウが半開きのドアに身を預け、語ると薄く笑った。
「なっ、ヒヨウ!
なぜお前が!」
タメクは驚いて、声を裏返らせた。