エズラの病気
「え、わざわざプロヴァンヌからここまで来たの?」
なんか、体が弱いとか聞いたよなー、とチェコは困惑した。
エズラは、立つと、チェコよりわずかに背が低い。
衣装は、身分を考えれば納得だが、貨幣を着ている、というぐらい高級品で全身を覆っていた。
ふふん、とエズラは誇らしげに、
「プロブァンヌからドルキバラまでは定期商船が運行されている。
客室もあるし、料理もなかなかのもんだったよ」
子供子供したエズラが大人びた事を話すと、どことなく子供が金持ちごっこをしているような滑稽さが漂ってくる。
無論、エズラは王族であり、チェコは立場の上では臣下の家系に属していた。
が、エズラが、自ら従兄弟とチェコを語っているのだから、まあ、そんなに怒らないだろう、とチェコは予測して。
「エズラって何歳なの?」
至ってさりげなく聞いた。
今まで天涯孤独の身の上だと思って生きていたので、こんなに歳の近い少年が親戚、と思うと嬉しいのか、当惑しているのか、自分でも判らないソワソワした気分になってくる。
「ん、十五だぞ。
君よりお兄さんなんだから、敬えよ」
目一杯背伸びして語った。
「だけどエズラ。
王族の君が、一人でコクライノなんて来て、平気なの?」
「無論、一人ではない」
聞いた声に驚いて振り向くと、白塗りしていない、ブーフが、一般人の衣装で立っていた。
「うわ、ブーフ、全然気がつかなかったよ!
素っぴんだと、可愛いね!」
ブーフは怒り、
「侮ると捻り潰すぞ!」
脅したが、
「ま、若様が、お前をどうしても見たいというから、身分を偽ってここに来たのだ。
ホテルコクライノのスイートに我々は宿泊し、お前が化粧して聖歌隊のソリストをやるのも見物してやる」
うぐっ、とチェコも痛いところを突かれた。
山の英雄で、武道大会準優勝なのに、ソリストをしなければならないのだ。
同級生の中には、声変わりを迎えた者もいたが、遅い者では十五ぐらいまで声が高い事もあるという。
「残念だなぁ、僕はもう声が変わったからな」
ヒヒヒ、とエズラもチェコを冷やかす。
「でも、無論ブーフは用心棒にはピッタリだけど、でも、知らない犯罪者から見たら子供二人の旅って、なんか無用心だよね?」
チェコは言うが。
「そんな訳あるか。
プロヴァンヌの王子だぞ。
大人も五人付いている。
あと、家庭教師のウェンウェイもいるしな」
「え、ウェンウェイさんも来ているの!」
チェコは喜んだ。
「君、あの口うるさい爺を、そんなに好きなのか?」
おそらく家庭教師としては、確かにうるさくなるだろう。
スペル一つをとっても、歴史もあれば、現在の発展や市場経済もあり、ウェンウェイの豊富な知識なら、将来の王様に対して、あらゆる知識を授けたいはずだ。
「あーウェンウェイさんは、確か、知識は力、とか言ってたからなぁ…」
「それだ!
毎日毎日、こっちは優雅な船旅を楽しんでいるというのに、船底の見学、だの、帆の意味だの、うるさいうるさい」
チェコは懐かしくて、つい大きな声で笑ってしまい、慌てて口を塞いだ。
「ウェンウェイさんは、本当に君の事を大切に思ってる人だよ。
誰もがそうじゃない。
ただ、君の家柄やお金だけに興味がある人も多いんだよ」
エズラはムッとして、
「僕がそんな人物を見抜けないと思うのか」
どうだろう?
あのアイダスのように、金を見るうちに人格も、愛する人まで変わってしまう人間も、確かにいるのをチェコは知っていた。
王公貴族の豪華な生活は、山の住人には煌びやかすぎるのは、チェコ自身が思う。
若草の季節だから、と喜んで何時間も馬車に乗り若草を一袋取って、夕食を喜ぶ、等ということは、今のチェコにはない。
市場に並ぶのだから。
それはわずかな硬貨で容易く手に入ってしまうのだ。
山では全てが大変だ。
家を建てるのも、村人総出で建てなければならず、お礼は鍋一杯のシチューとパンだ。
都会では金はかかるが、隣家の立て替えを手伝う必要もない。
大工という専門職が全てを取り仕切る。
獲物を狩り、捌く必要もない。
肉は肉屋で売っている。
「ウェンウェイさんは、その知識で、自分で立派なログハウスを建て、山羊を飼ってチーズを作り、罠猟もしていた、本物の知識の人なんだよ」
チェコは教えた。
正直、あれだけのチーズは、コクライノで食べたことはない。
ふん、とエズラは鼻で唸り、
「僕には、出来ないことさ。
少し走っても喘息が出るからな」
エズラは、自分には知識は知識でしかない、と語ったのだが、チェコは驚き。
「え、喘息?
ちょっと胸の音を聞かせて?」
言うなり、エズラの豪華なシャツをめくった。
「あー、やめろよ、王族の僕に公衆の面前で何をさせる!」
痩せた胸が出ると、チェコは耳をあてながら、
「ここでは、単なる旅人だよ」
とエズラに教えた。
「あー、喘息だねぇ。
少し水がたまっている」
言いながら、カードの賢者の石を取り出すと、器用にチューニングした。
「あっ!」
エズラは慌てて、ポケットからハンカチを取ると、口に当てた。
赤ん坊の拳ほどの痰が、口から出てきた。
「全ての病気を錬金術が治せる訳じゃないけど、喘息は錬金術と相性が良いんだ。
ダリア爺さんなら、もっと薬の調合も出来るよ」
エズラは愕然とハンカチを見つめた。
「これが僕を苦しめていたのか?
毎夜、眠れないでいたのは、僕が君と出会わなかったからか?」
は?
と、チェコが思ううち、エズラは、チェコの手をがっしり握り、
「チェコ!
お祖父様には僕から話す!
プロブァンヌに来てくれ!」
「あ、いや、だからダリア爺さんの方が腕が上だって!」
だがプーフは、
「チェコ。
チャンスだぞ。
だが、今お前はラクサスだから、すぐには若様のお付きにはなれない。
俺がダリアを連れてこよう。
チェコ、しばらく若様をお守りしろ」
ムチャをいうと、プーフは、風のようにバトルシップから消えた。




