別館
チェコの持っている八匹のウサギは、みな、ダリアの家の裏で友達になった特別なウサギたちだ。
山の戦いではずいぶん活躍した仲間だし、なんとかデッキに組み込みたい気持ちはある。
ただ、それでトーナメントを勝ち抜けるのか、と問われれば、ただのウサギでどう戦えばいいのか、チェコにも全く判らない。
ウサギの巣穴で守られれば、確かに守りは固く、地上の召喚獣はノーダメージで防御できるし、エルミターレの岩石を出せばなるほどアースも手に入るのだが、全てただの一/一召喚獣に後付けでエンチャントやアイテムをつけているわけで、すぐにアースが手に入るしゃれこうべや黄金蝶とは訳が違う。
ウサギを並べて、さらにエルミターレの岩石を置くまでアースが手に入らないのでは、チェコの目指す大量アースデッキの始動は遅くなってしまう。
しゃれこうべと黄金蝶を出して、次のターンにはチェコの六アースとプラス二アース、そして前のターンで使わなかった四アースを合わせれば十二アース。
これだけあれば、チェコは何でもできる。
「チェコ君。
どーせデッキの事でも考えているんだろうけど、ここは君にも重要よ。
トレースした召喚獣には、他のスペルの性質を付加できます」
ぱちくり、とチェコは言葉を咀嚼し、ええっ! と叫んだ。
「一体どうすればいいの、キャサリーン姉ちゃん!」
「キャサリーン先生でしょ!」
「ごめんキャサリーン先生!」
「それは六年生で習うけど、君ならできるわね。
授業が終わったらヒヨウ君と君は、実習室に来なさい!」
もし、他のカードの効果が付加できるのであれば、ウサギはただのウサギではない。
色々な事が考えられる。
蜜蜂のように一のダメージを撃ってもいいし、もっと良いのは、好きなときに一ダメージ撃つ、だったらかなり攻撃的だ。
「ね、チェコ君でも、こんなに喜ぶように、魔法教学はとっても重要な勉強だから、みんな、しっかり杖の基本を覚えるのよ」
と、キャサリーンが言ったところで、チャイムが鳴った。
「ヒヨウ、行ってみようよ!」
チェコは飛び出すように立ち上がるが、アドスが、
「お前、実習室がどこか知ってるのか?」
「ああっ!
聞き忘れた!」
と絶望の叫びを上げるチェコに、教室は失笑が渦巻いたが、
「俺が判る。
行くぞチェコ」
ヒヨウは平然と立ち上がった。
走り去る二人に、
「なんで、今日来たばかりのヒヨウが教室を知ってるんだ?」
とアドスは首をかしげた。
ドリュグ聖学院は七つの塔を持つ城塞だが、それだけが学校ではない。
その裏庭を回廊が結び、その先に石造りの別館がある。
「へー、レストランは知ってたけど、その先にこんな建物があるんだね」
回廊をチェコは急ぐ。
「城と言うのは、城塞だけでは機能しないんだ。
細かい城割りを巧妙に巡らせている。
まろびとの村もそうだったのだが、俺たちは外回りだったからチェコは知らないな」
ふーん、とあまりピンとこず、チェコは空返事をした。
「ドリュグ聖学院で言えば、この別館があることで、二つの砦から矢を射てる訳だ。
それだけで攻略は何倍も難しい」
おー、なるほどーと返事をするが、チェコの頭は、既にカードの付加に占領されていた。
「さらにコクライノには別の城塞もいくつもあるから、王城と連動させれば変幻自在の戦いができるわけだな」
チェコの頭にあるのは、既に大都会になったコクライノなので、あまり理解できなかった。
元々のコクライノは、王城とドリュグ聖学院をはじめとする幾つもの城塞からなる複合的な巨大城であり、町自体が堅牢な丘に立つ一種の山城だった。
谷を回廊で渡ると別館に到着する。
広場があり、それを囲むように三階建ての建物がコの字型に建てられていた。
広場側は柱廊のあるバルコニーになっていた。
二階に、実習室があった。
キャサリーンは先に来ていた。
「ヒヨウ君。
君が追っているのは、もしかしたらあたしと同じものかしら?」
入るなりキャサリーンは問うた。
「おそらく」
とヒヨウ。
「あー、ヒヨウが学校に入りたかったのは、エルフの仕事があるからか」
と、チェコも気づいた。
「まあな。
利用して悪いが、いくらなんでも友達だからって従者にはならない」
「うん。
俺もエルフの事は、なんとなく判るよ」
「じゃあ、その部分は協力できるわね」
「ま、こっちは上の判断次第で、エリクサーの思惑から外れる場合もあり得る、が、今は協力できるだろう」
ヒヨウとキャサリーンは頷き合うが、
「それより力を付加するって?」
ああ、とキャサリーンは、
「トレースしただけの召喚獣は、売っている召喚獣と違って、生きているのよ。
だから、一番簡単な方法は、この、付加、のスペルカードをトレースのように使って、新しいカードにできるわ。
本当に魔法式を組むのは、大学院ぐらいの知識がないと無理だけど、これなら簡単でしょ」
とチェコの手にカードを渡した。
「え、くれるの!」
驚くチェコに、
「ただとは言わないわ。
働いてもらうわよ、チェコ君」
とキャサリーンは、ニィ、と笑った。