生きているホムンクルス
チェコは純水の中に瓶を入れて、ゆっくり開く。
だが…。
水の中で鳥は、驚いたように身をよじり、絶命し、プカリと水に浮くと、溶けるように消えてしまった。
「え、どうして!」
チェコは取り乱すが、いつの間にか後ろにいたパーカー先生が、
「水の温度が低すぎる。
考えてもごらん。
この子達は卵の中の鳥なんだ。
赤ちゃんよりも、ずっと繊細なんだよ」
チェコは改めて純水を作り、温度は瓶と同じ三十八度に設定した。
今度の鳥は、気持ちよさげに身を広げる。
が、片方の羽根から黒く溶けていく。
「純水の作り方は、とても慎重にしないといけない。
雑なアルコール飲料とは違うんだ」
出来ると思っていたが、十の鳥はあえなく死んだ。
純水は何度も蒸留を重ね、もう不純物など無いはずなのに、鳥は死んでいく…。
「さあ、判っただろう。
ハニモニー先生もちゃんと成功したことの無い、とんでもない難しい仕事なんだ」
「え、ハニモニー先生も成功してないの?」
チェコは驚いた。
金髪を先生に見せれば、もっと良くなるはず、と思っていたのだ。
「君が見た、顔のホムンクルスがあっただろ。
あれには最初、五体が揃っていたんだ」
チェコは驚く。
「それじゃあ、少しづつ溶けて、あれだけに…?」
「そう。
あれが、だから限界だった。
それ以上、生きさせても、彼女も辛いだけだから、ハニモニー先生は自らの手で、空気に晒した…」
「だ、だけど何度かは写し変えているはず!
いったい、どうやって?」
「僕は、そっちは素人なんだ。
知らないよ…」
チェコの全身を絶望が襲った。
水槽に、頭を打ち付ける!
「止めなさい。
ホムンクルスは、本当に難しい学問なんだ。
君の年齢で成功した人なんていないんだよ」
パーカー先生が、チェコの肩を抱いた。
「い、いや!」
チェコは叫んだ。
「俺は間違っていたかも!」
「おいおい…」
チェコは鳥の溶けた水を全て混ぜ、それに自分の血を垂らした。
「…チェコ、バカなことを…!」
パトスが叫ぶが。
「やれることは、やってみないとダメだろ!」
チェコは叫び、その、かなり不純物だらけの水の中で、瓶を開けた。
鳥は、縮こまっていた身を広げ、汚れた水の中で羽ばたいた。
「こりゃ驚いたな…」
パーカー先生が、目を見張った。
純水に他のホムンクルスが溶けた溶液の中で、鳥は楽しげに体を動かしていた。
「綺麗すぎる池には魚が住めない、って、前に聞いたから…」
呟きながらも、チェコも驚いている。
しかしなんとか一羽の鳥は大きな瓶に入れられたが、少しのミスで鳥は死に、その一羽だけが残った。
チェコは瓶を抱えて屋敷に戻り、温度の安定した場所で自ら育てることにした。
「…全く無意味だ…!」
パトスは批判したが、チェコは。
「よく見れば可愛いもんなんだよ」
瓶の中で揺らめくように泳ぐホムンクルスを、愛しげに眺めた。
前日、あれほどの騒ぎのあったバトルシップだが、翌日行くと、何事もなかったように片付き、子供たちがデュエルをしていた。
天井を見上げると、練鉄は途中で曲がり、傾いていた。
唯一の戦いの形跡だった。
今、見ても、あの太い練鉄をへし曲げるとはとんでもない筋力だ。
無限に強くなれるのだとしたら、確かに第二のパーフェクトソルジャーにもなり得るかも知れなかった。
ただ金髪は心を持っており、その点、召喚獣のように命じられるまま動くことはないはずだ。
もしホムンクルスが集団になったら、何を思い、どう行動するのだろうか?
全くチェコにも想像もつかなかった。
「よう、久しぶりだな、チェコ」
へへへ、と笑う笑顔を見て、チェコは目の前の少年が誰か、気がついた。
「え、ルーン!
なんで髪の色が焦げ茶色なの!」
「元々の色に決まってるだろ!
染めるのを、やっと止められたのさ」
ニコニコしている。
だが、髪が黒くなるだけで、こうもモブになるのか、というほど、地毛のルーンは地味な少年になっていた。
これは貴族が髪を染めるはずだ。
何ランクか、ルーンはダウンした容姿の、どこにでもいる少年になってしまった。
が、当人はとても喜んでいるので、
「ふーん、意外といいかも…」
とチェコはぼんやり語り、
「でも、急にどうして?」
「へへへ。
なんか薬が売れなくなったらしいよ。
個性の時代?
同じ金髪でも、色々変化しないとダメになったんだってさ」
おおむね、チェコが要望を聴きながら調節するため、金髪と言っても様々な色が生まれ、回り回ってルーンがモブになってしまったのだが、まあ、本人は大喜びなのだから、いいのだろう。
「腕の毛は脱毛がバレるから、そのままだけどね」
へへへ、とルーン。
髪が一気に黒くなったら、そこもバレると思うが、まあ、チェコは特に気にしなかった。
「ゴブリンデッキ、どうなった?」
チェコが、己の関心事を聞くと、
「あー、多分、あれは禁止カードか、制約カードに鳴るって噂だ」
制約カードは、5枚ではなく、一枚しかデッキに入れられない。
確かに、お手軽に赤アースが入り過ぎだった。




