血
「お前、あの化け物と二度やって二度勝つとは、とんでもないな!」
パックは興奮していたが、チェコは無念の思いで胸がいっぱいだった。
もう少しで、金髪を救えたのだ。
そして、金髪がハニモニー先生の手に渡れば、もしかしたらチェコの鳥だって…。
もう、明日の授業が終われば、瓶を開けなくてはならない。
そしたら、鳥は皆、空気に溶けてしまう…。
「ねぇパトス?
なんでホムンクルスは溶けるの?」
「…ホムンクルスには空気が毒だからだ…」
「え、なんで空気が毒なの?」
「…そういう生物なのだ…。
なぜ、も何もない…俺たちとは違うものなのだ…」
チェコが常に吸って吐いている空気が、ホムンクルスには毒なのだという。
チェコは傷の治し方などは習ったが、空気が毒の場合の治療法までは判らなかった。
翌日、チェコは目を持ってパーカー先生の部屋に行った。
「ほう、これは良くできた義眼だ」
パーカー先生はひっくり返し、逆さにし、丹念に義眼をしらべた。
「どうなっているんですか?」
チェコが聞くと、
「アースに反応して情景が見れるようになっているのさ。
目を瞑って、額に当て、アースを流してごらん」
言われたようにすると、うっすらと砂絵のようなものが見えてきて、やがてそれがパーカー先生の研究室と判った。
精度はあまり良いとは言えないが、ただ、広い範囲が見えるようだ。
そういうと、
「ずっとその見え方だったら、もう少し安定するだろう。
あと、両目あれば、おそらくもっと精度も高くなるはずだ」
なるほど…。
「先生、それで鳥たちなんですが…」
とりあえず一晩寝て、チェコも金髪については諦めがついた。
とにかく、次のチャンスを待てばいい。
ただ、差し迫った問題は、鳥たちだった。
このままでは、今日の授業が終われば、鳥たちは廃棄されなくてはならないのだ。
パーカー先生も気の毒そうに、
「まあ二、三日後にしても良いんだけど、割りきって今日してしまった方が良いと思うよ」
と慰めるように話した。
「純水に入れて移し変えれば、もう少しは生きられるとか…」
「あー、まあね。
大変な作業ではあるが、それも可能だ。
ただ、今は卵の中の状態だから栄養は補給しなくても育つが、移し変えたら、今度は栄養補給が必要になるんだ」
そういえば、金髪もチューブで栄養を取ると言っていた。
「栄養は、どうするんですか?」
「いやぁ、僕はそこまでやったことないからな…。
確か、卵の黄身を潰して、与えれば良かったような気がするが…」
やり方は、おそらく金髪と同じで良いだろう。
チューブでいれるのだ。
「あの。
試してみて、良いですか?」
普通は六年でも、そういうものがある、と見せるだけのカリキュラムだ。
それを育てよう、と言う一年生などジョークに等しいが、チェコが本気で入れ込んでいるのは判っていた。
「多分、ほとんど失敗すると思うが、成功したとしても、後で辛いだけだよ」
パーカーも大学の時に、吐いた記憶がある。
が、チェコは顔を輝かせている。
はあ、とため息をつき、パーカーは、
「やってみたまえ」
酷いことになるのは判っていたが、許可しないわけにもいかなかった。
パーカーが無精をして、チェコにやらせたのだから。
チェコは、井戸から水を汲み、それを蒸留した。
何しろダリアの酒を作っていたのだから手慣れたものだ。
不純物の無い純水が出来ると、六年の授業を待った。
六年は、相変わらず、キモい、とか吐きそう、とか言っていたが、チェコは気にならなかった。
一粒の胚から作り上げなければ、この気持ちは判らない。
パーカー先生がホムンクルスの可能性を、私見を交えずに語り、この技術が発展すれば、やがて体を失っても、代わりが作れるようになる、と説明した。
「あれ、パトス?
確か自分の肉じゃないと体に合わないよね?」
チェコも医療錬金を習っているので、知識は耳に残っている。
「…正確には、自分か、肉親でないと体に合わない…」
「そうそう」
「…そこまで六年に言う必要もないだろう。
そもそも、ホムンクルスに自分の肉など与えようもない…」
「自分の肉か…」
チェコは考え込んだ。
「…おい、チェコ、変なことを考えるなよ…」
付き合いの長いパトスには、チェコの顔色が異様なことに気がついた。
「いや、俺の血を一滴、与えてみたら、もしや、どうにかならないかな?」
「…止めろ!」
言下に否定するパトスだが、チェコは既にチューブも黄身も、黄身をチューブに流す注射も用意していた。
さっさと腕から、小皿に一杯の血を抜き取っていた。
「…まあ、どうせ失敗する…」
パトスは深いため息をついた。




