言葉
ヒヨウは馬車を飛ぶような速度で走らせながら、口笛を吹き、仲間を募った。
「奴らの狙いが、まだはっきりしない!
無論、街を出ないパックたちかも知れないが、黒鎧はチェコ、お前を知っていた。
お前が本命、という場合もありうるぞ!」
怒鳴るように御者席からヒヨウは言った。
「え、さすがに貴族に手を出す?
それじゃただの喧嘩じゃ済まないよ?」
チェコは驚くが。
「暗殺、という奴なら可能性はある。
犯人が判らなければそれまでな訳だ。
抱き込んでいるドリアンもいるしな」
元々、貧民窟さえ潰せれば、ハイロン準爵はおもうさま密貿易ができ、気分良く過ごせるはずだ。
無論、パックたちが金を持っているのは確かだが、砂金なので渡した者の特定は難しい。
現実にはゴブリンたちも、今や貧民窟の人間を守ると思うので、そうハイロンの思うようにはならないかもしれないが、そこまでは連中には見通せないかもしれない。
「だけど、こっちは金髪も黒鎧も爺も判ってるよ」
チェコは言うが、パトスが。
「…馬鹿め…、だから敵は三人とは限らない、と言うんだ…」
おお、とチェコも納得した。
遠くから弓で射るとか、毒を使うとか、暗殺にも色々な方法があるらしい、とヒヨウはチェコに教えた。
この前まで、ただの村民に過ぎなかったチェコには驚きの方法だ。
「小型の弓なども工夫されていて、なかなか馬鹿にならない殺傷能力がある」
そういう、小さな矢と毒を組み合わせたり、遠目には判らない針のような剣に毒を組み合わせたりするらしい。
「だけど、そんなに巧妙に仕組まれたら、どこにいても暗殺されるよね?」
チェコは嘆息するが、
「いや、暗殺と言うのは手際良く行い、逃げ切らなければ指示した黒幕まで露見することになる。
だから今のように、手はずの整ったところに獲物が来るのを待つのが常道なんだ」
「つまり、バトルシップに行かない方がいいの?」
チェコは首を傾げるが、ヒヨウは、いや、と首を振り。
「準備を整えてから行くんだ。
うまく暗殺者を捕まえれば、一網打尽にできるからな」
馬車の回りに、エルフたちが集まってきた。
六人。
そのうち二人は馬に乗っている。
チェコとヒヨウとパトスは店に入り、六人は回りを固める。
店では、まだ早い時間なので暇な若者や学校をサボった子供がポツポツとデュエルをしていた。
中央付近にパックは独り、カードを調べるふりをして、座っていた。
店の奥に、あの金髪が柱に寄りかかり、立っている。
黒鎧は見かけなかった。
幼児のような身長の老人は、どこかに隠れているのかもしれない。
ヒヨウの考えでは、パックに近づくと待ち構えた罠にかかる可能性がある。
暗殺の矢やナイフは至って小さく細い、あとから探してもほとんど見つからないものなので、バトルシップ内でも一定の箇所でしか機能しないという。
そこで、チェコはパックの方に行かずに、金髪に近づいた。
金髪は、すぐチェコに気がつき、薄く笑った。
とてもホムンクルスとは思えない人間臭い笑いだ。
人工骨の器と、人工筋肉に覆われた人工皮膚の怪人には思えないが、何故かチェコは明確な敵意は抱けない。
鳥たちと、どこかで繋がって思えるのだ。
この金髪は、敵だが、敵に作られた、というだけで、彼自身は生きたいだけだった。
その先にパーフェクトソルジャーのような、工場で生産される兵士となる可能性はあるが、彼はそうではない。
事実あの夜も、まだ未完成なところが、露呈していた。
「よう。
俺の腕を折ったチビだな…」
「うん。
あの日から見かけなかったね?」
「当たり前だ。
うんざりするほど薬を入れられ、このまま死ぬか、と思ったが、なんとか復活出来た。
ホエイのお陰だ」
瓶のホムンクルスに薬は入れられない。
針ほどの穴でも、大気が入れば死んでしまうのだ。
「どうやって薬を入れるの?」
チェコは純粋な好奇心で聞いた。
と、金髪はニヤリと笑い、
シャツの襟をめくった。
言われなければ気がつかない、肌色の皮膚のようなものが貼り付けてあった。
「ここから入れる。
俺は、全ての栄養も、ここから入れるんだ」
「え、空気は入らないの?」
金髪は表情を消した。
怒らせたかな、とチェコは感じたが。
ぺり、と皮膚を剥がした。
そこには、一ミリも無いような、細い管が長く押し込まれていた。
「空気を入れずに、ここに薬や栄養を入れる。
俺はこれで生きている。
だが、お前より、ずっと強いぞ!」
管だ!
空気を入れずに、管に栄養を入れれば、もしかすると鳥たちも…。
「それはいったい、何で出来ているの?」
チェコはゴムの存在を知っていたが、それは脆く不安定なものだった。
「細い糸を筒状に編んで、ゴムでコーティングする。
だが、ホエイにしか作れないな。
お前はなんで、こんなものに興味を持つ?」
「空気を入れずに栄養を入れられる!
これなら、俺の鳥も生きられるかもしれないよ!」
金髪は、不意に鋭い目を向け。
「お前、瓶の鳥を作ったのか!」
「もうすぐ、授業が終わったら…」
金髪の顔から表情が消えた。
「純水の中でうつし変えれば、大きな瓶には入れ換えられる。
だが、止めとくんだな。
いずれ終わりが来るんだから。
俺にだって、そう何年も時間はない」
そうなのか!
チェコは、これだけのホムンクルスなら、もっと生きるものと思っていた。
金髪は俯き、
「新しい骨の器は、ホエイが作っている。
だが、常に成功する訳じゃないんだ…。
俺にとって、生きるってことは、常に命がけなんだよ」
ホムンクルスからの言葉は、チェコにはとても重かった。




