危険
翌朝、チェコは走るようにパーカー先生の元へ向かった。
「え、子犬にホムンクルスの溶液を使った!」
誉められると思っていたのに、ただならぬ剣幕でパーカー先生は叫んだ。
「チェコ君、それは不味いかもしれない。
子犬の中にホムンクルスが生まれてしまったら面倒なことになる!」
「え、どう面倒なんですか?」
パーカー先生は、とにかく子犬のところへ連れていけ、と歩きながら。
「ホムンクルスは通常、瓶の中で育つのだが、生物の体内も、瓶とそれほど変わらないのだよ。
一見、元気になったように見えたかもしれないが、子犬という瓶の中で、別のものが育っていく…」
チェコは、初めてゾッとした。
「べ、別のものってなんなんですか?」
「魔物と呼ばれる怪物があるね?」
「えと、コカトリスとか?」
「それは普通に獰猛で猛毒の鳥だ。
だが、犬だとオルトルスやケルベロス、あれは怪物の部類になる」
チェコは青くなった。
「え、あの子犬に、もう一つ頭が生えちゃうんですか!」
「一日でそんなには育たないだろうが、極めて危険だ!」
ラクサク家の馬車で子犬の持ち主の家に向かう。
子犬は、健やかそうに寝息を立てていた。
「どうですか、先生?」
チェコは聞くが、パーカー先生は、
「私は専門家ではないからね。
この子を連れて大学に行こう。
事故が起こるといけない」
専門家というと、あのハニモリー先生だった。
あの先生は、手元に置きたい、とか言いそうだな…、とチェコはだんだん冷静になって考えた。
まだ寝ている子犬を毛布に包んで、チェコたちは相変わらずの喧騒の大学に入った。
今は、何か色のついた液体を校舎じゅうに撒いているようで、チェコから見たら大人の歳の大学生たちが、キャアキャアと、とても楽しそうに液体だらけになっていた。
チェコは子犬をかばいながら、
「何ですか?」
「うん、多分、シラミが発生したんじゃないかな。
大学は、年に何回か、そんなになるのさ。
みな、研究に没頭して、掃除もせずに何日も寝泊まりしてたり、だからね」
チェコやパトスにしてみれば、シラミ程度で大騒ぎか?
という感じだ。
農村では、平和に共存しているようなものだった。
地下の通路を下り、ハニモニー先生の部屋に向かうと、先生は瓶を洗っているところだった。
「え、先生、その瓶はこの前の…」
あの顔だけのホムンクルスが入っていたもののようだ。
「ああ。
一ヶ月生きたからね。
長生きな方さ」
虫眼鏡のようなメガネが、暗く曇っている。
「で、どうしたね?」
パーカー先生が事情を話した。
ハニモニー先生は子犬を調べ、
「鳥の育成は君がしたんだったね?」
チェコは、
「はい」
「この犬に、どのくらいの液体を投入したのかね?」
「スポイトで一回分ぐらい…」
ハニモニー先生は犬の肛門まで調べ、
「まず、問題ないだろう。
最低でも卵ぐらいの量がなければホムンクルスにはならないよ。
まあ、危ないから今後はそういうことはしないようにね」
チェコは、この際、
「怪我をしたとき、何も食べられなかったら、どうすればいいですか?」
と、訊いてみた。
ハニモニー先生は、
「強引に体に入れるのは危険だからね。
生き抜けなければ、それは仕方がないのさ」
と重く答えた。
「ホムンクルスより先に、血を作れないもんなのかな?」
チェコは、帰りの馬車の中で、ホムンクルス研究の在り方に疑問を持った。
「血だけ作る、というのも無理があるよ」
とパーカー先生。
「体があり、そして血があるんだ。
一足飛びに血だけ、とか腕一本、とか考えがちだが、命はそうしたものではない。
地道に命を育て、長く生きられるように工夫するしかないのさ」
嫌っているはずのパーカー先生だが、ここはホムンクルス研究を擁護した。
子犬は目を覚まし、馬車の中でふざけている。
全く怪我など無かったようだった。
「だいたい、どう血だけを研究するのかね?
その度、こんな命を実験台にするのかい?」
確かに。
ホムンクルスは短命で、研究は辛く、悲しく、そして、かなり不気味ではあったが、研究は少しづつは実を結んでおり、かなり無茶な理論だがハニモニー先生の人工骨理論で、確かに金髪は生きて動いていた。
「あれ?
じゃあ右手は、どうなってたんだ?」
山での戦いで、ほとんどアイテムに体を作った、元人間とチェコは戦った。
彼は、ほぼ機械の体をしていた。
チェコが話すと、パーカーは。
「多分、二目と見られない姿にはなっていたのだろうが、生命維持に必要な部位は存在し、命が続いていたから、周りをアイテム人間にしたんだろうな。
大変、高度な技術だが、今や機械人間はそのぐらい、お金を惜しまなければ出来るのさ。
僕は、ホムンクルスよりは、そっちの方に未来を感じるね」
まー、確かに。
右手の方が、今のところ、強かったかもしれないが…。
ただ、アイテム破壊のスペルがあったら、それで壊れてしまうんだよなー、とチェコは考えた。
本当に良い人工の血液や内蔵があれば、その方がいいんじゃないのか…?
漠然とチェコは考えた。




