お呼ばれ
ブリトニーが、どさり、と倒れた。
しまった、強く撃ちすぎたか?
と、チェコはブリトニーを抱き上げ、
「ブリトニー、大丈夫!」
と、慌てて問いかけたが…。
「チェコ様、素晴らしい一撃でしたわ!
あなたはいつでも私の前を走ってらっしゃるのね!」
叫ぶように熱烈に語ると、大蛇のようにチェコを抱き締めた。
毎度の光景なので、チェコも周りのクラスメートも何とも思っていなかったのだが…。
「チェコ様!」
ギリギリとチェコを締め上げながらブリトニーがささやく。
「一度、我が家に遊びに来ていただけませんか…」
ん?
人の、しかも女の子の家に行くなど、チェコの頭脳に微塵もプログラムされていないイベントだった。
ハッキリ言えば、女の子の家に行くよりは、バトルシップへ行きたいのだし、また、お呼ばれ、というのは貴族の場合、色々とめんどくさいマナー関係の予習がチェコには必要だった。
「え、えーと、俺は山育ちで、あまりマナーとかに…」
やんわり断ろうとしたチェコだが、ブリトニーは。
「我が家は軍人の家系!
マナーなど不要ですわ!」
とチェコの両手を握った。
「父もチェコ様に会いたがっているのです!」
チェコにブリトニーの思惑など理解できる訳がなかった。
山の戦いがあって、この前の武術大会は準優勝だったのだ。
まあ、軍人なら見てみたくても仕方がないのかな、ぐらいに思った。
「あ、うん。
それなら、それでも良いよ」
目をパチクリしながら、チェコは答えた。
フロルは爪を噛んだ。
チェコが、まだ子供で、女子と話すよりは男友達と笑い会う方が気楽なのも、特に女の好みも固まっていないのも、早熟なフロルには判っていた。
だが、ブリトニーはしっかりと手を回し、間違いなくチェコが男として明確に目覚める前にからめとってしまおうとしているのは、明白だった。
彼が山の英雄になったのは、無論、優秀だからでもあるが、それだけの責任を背負う男子だからでもある。
もし、内約束でも婚約、などと言うことになれば、チェコは約束を間違いなく背負うだろう。
まずい…。
フロルは実力と運で、ブリトニーよりチェコに近い場所を手に入れたが、しかし親を出されたら後手に回ることになる。
なぜなら、エネル家は子爵という高い家柄だったし、特に武術に関心を持たない、政治の家柄だからだ。
無論、そうであっても大国プロブァンヌの伯爵で、武名の高いチェコに難色を示す訳でもないだろうが、父はフロルを、文芸に秀でた大輪の薔薇に育てたがっていた。
ブリトニーのように、簡単に家に招待する、というわけにもいかない。
なんとかブリトニーの思惑を潰したいところだったが、地位が違いすぎるのだ…。
一将軍であるブリトニーの父は、爵位を持つ山の英雄は大歓迎だろうが、うちは…。
どうする…。
フロルは、つい、爪を噛み千切ってしまった。
「あ、フロル!」
チェコがするり、とブリトニーの抱擁から抜け出すと、フロルの手を握った。
「血が出てるじゃないか。
見せて」
チェコは、賢者の石で、フロルの指を治した。
生徒の輪の外れにたっていたアドスは、やれやれ、と己の腰を叩き。
「持ってる奴は、女の方から転がってくるもんなんだね」
と天を仰いだ。
「お呼ばれですか!」
老ヴィッキスは、大袈裟なほどに感激を表した。
そもそもラクサス伯から、大まかな話は聞かされて、あえてリコ村育ちの小猿を貴族に育て上げる、という使命をヴィッキスはうけ、全ての手解きを施してきたのである。
その甲斐あってか、みるみる成長したチェコは、武術大会も立派な成績を残し、そしてどうやら、女子の招待を受けるまでになったのだった。
しかし、同時にこれは、大変な試金石である、と言っていい。
あまり馬脚を表すようでは、今後のチェコのスクールカーストも低いものとなり、当然、やがて社交界に名を出すにしても、色々と不都合も出てくる。
「チェコ様。
それでは、改めてナイフの使い方から復習しましょうか」
チェコは、ますますバトルシップまでの距離が遠退くことになった。
「へー、やっぱりゴブリンの射手に制限がかかったんだ」
夜、暇なパックは、ラクサス家に遊びに来て、屋根でチェコと無駄話をして帰るようになっていた。
「ああ、最大三ダメまでだってさ。
一ターンキルは無理だな」
確かに、何年も前にそれで大変に荒れた時代もあった。
大会も放置はしないのは、納得できた。
「そーなると、俄然ゴーレムが優勢か」
チェコは唸るが、パックは、
「いや、忘れられた地平線さえ気を付ければ、射手はゴーレムを一撃で倒せるからな。
プレイング次第だが、面白いとは思うぜ。
停止もあるしな。
ま、なんにせよ、赤アースの量次第だから、灰色カードのゴーレムのが使う奴は多いだろうが」
確かに。
どんなアースでもゴーレムは使えるのだから、扱いやすさは比較にならなかった。




