大学
ダリアの本は決して高価なものではないので貸し出しも出きるそうだが、とても重すぎて持ち帰ることはできなかった。
「本屋で注文すればダリアさんも喜ぶんじゃないか?」
ヒヨウは提案するが、しかしチェコにも、あの大学生向けの入門書に金髪の魔方陣が載っているわけが無いことぐらいは推測できた。
ヴィギリスが国の威信をかけて作るホムンクルスの兵士なのだ。
多分、本当に魔方陣を理解しているダリアと同等の知識の持ち主が、最新の魔方陣を作り上げ、金髪に描き込んでいるのだ。
しかも、本によると、魔方陣の用途は防御だけではない。
骨や肉に、パワーアップを目的に書き込んだり、様々に使えるはずなのだ。
しかも、読んだ限りにおいて魔方陣はそれ自体アースを発し、魔法文字より安定的に魔法を発動できるのだと言う。
簡単に破壊できる性質の物ではない、らしい。
今のところ、あの金髪の弱点は左腕なのは判っていた。
無論、次に会うときまで強化されないかどうかは判らない。
多分、弱点は修正されるはずだ。
ただ、何故左肩にあんな脆い弱点を持っていたのか、というのがホムンクルス攻略のヒントかもしれない、とチェコはパトスやヒヨウと話し合った。
瓶で作ることと、左肩に、特に相関性は無い気がする。
普通に骨格を作れば、あんなもげたりしないはずなのだ。
「専門家の意見を聞くべきだな」
ヒヨウは肩をすくめた。
「さあ。
僕もホムンクルスは作ったことがないからね」
パーカー先生は笑った。
気軽な雑談だと思っているのだ。
錬金術の中でも、ホムンクルス製作はかなり特殊でマイナーな分野らしい。
第一に、特に意味がない。
すぐ死んでしまう生命なのだから、作る意味がないし、安定させて、やがては代用人体にするのだ、という大義名分はあるものの、砂漠を歩くような道無き混迷の中に飛び込む分野なのだ。
第二に、とてもグロい。
死んでしまったホムンクルスは、人体に酷似しているだけにおぞましさも他の動物の比ではない。
それを、研究のためには、標本にして保存する必要がある。
大学でも気の弱い人間は失神必死のおぞましさらしかった。
ただし、この分野が存続しているだけ、成果も上がってはいる。
人工皮膚や、骨格は、本物と遜色の無いものが作れるようになっているのだ。
まだ、本当に生きている皮膚や骨は作られていないが、この分野はパーカー先生の話では、幾つか有望な方法が見つかっているらしい。
ただし本物の生命を生み出す、という元来の目的からはどの方法も外れており、人工の精密なパーツが開発されているだけだ。
「僕は人間の手で本物の生命を作るのは不可能だと信じるがね」
とパーカー先生。
「リアルな模造品なら可能とは思うよ。
ただ、僕の思うに、それはホムンクルスとは別分野から生まれる、と考えるね」
確かに、あの金髪の皮膚も魔方陣が描かれているところを見ると、人工皮膚なのだろう。
骨も、そうなのではないか?
だが、だとすると何故、左肩はあんなに脆かったのか、謎は解明されなかった。
「チェコ君がホムンクルスに興味を持ったのなら、コクライノ大学のハニモリー先生に紹介しようか?
彼は、主に骨の開発のエキスパートなんだ」
チェコたちはパーカー先生と共に、コクライノ王宮の西に建つ大学へ向かった。
この際、ハッキリさせられる部分が僅かでもあるのなら、早急に知る必要があった。
あの金髪や黒鎧は、多分ドリアンが雇った第二の刺客に違いなかった。
早遅、戦うことになるのは間違いない。
しかも、敵は弱点を強化するに決まっていたから、チェコはホムンクルスに関する情報を、どんなに遠いと思ってもかき集める必要があった。
コクライノ大学は、崩れそうなくらい老朽化した石の要塞のようだった。
「そうだよ。
学院が元々要塞なのと同じに、ここも戦いがあれば、王宮を守る要塞になるんだ」
パーカー先生はノンビリ語った。
「…それにしてはボロボロ…」
パトスはハッキリ言うが、アハハとパーカー先生。
「予算があれば、様々な研究室の取り合いになるからね。
誰も外観を直そうなんて思わないんだ。
研究者はそういう種族なのさ」
まー、多分ダリアも同じだろうな、とチェコとパトスは同時に思った。
城門は常に開かれ、多分、閉じ方を誰も知らないと思われた。
中は、本当にボロ小屋が建っていたり、落ちかけた階段が角材で補強されていたり、外にも増してボロボロだった。
その迷路のような廃墟の中は、しかし異様な活気に満ちていて、熱心な議論が騒がしく起こっていたり、ガラクタを組み立てる一団が大騒ぎで、そうじゃない、とか賑やかに、そして楽しそうに仕事をしていた。
「あれは、多分、自然からアースを集める装置を組み立てようとしているんだな。
理論上は可能なんだが、実用化はまだ先でね」
と笑うパーカー先生は、この雰囲気が気持ちいいらしい。
ようは、ここの人たちは…。
チェコは天啓を受けたように気がついた。
まだ、誰にも出来たことの無いものを作ろうとしているのだ…。
なんとなく、新しいコンボを考えているのと似かよっていて、チェコもだんだん、ここが好きになってきた。
奥の石造りの建物に入ると、おそらく勝手な改造があちこちに見られ、壁は廊下になり廊下は板張りの壁になり、あらぬところに梯子が下ろされ、上階に続いていた。
その奥の石階段を登ると、だんだん異臭が漂うようになる。
「この先が、医術、錬金術、遺体蘇生術などの研究室があるところだ。
ま、普通の神経の人間は近づかない所さ」
赤竜山の蛭谷の薬師などは、伝統的な医学を今に伝えるが、医学は腹を裂き、悪い臓器を切り取って縫い合わせたり、ダメになった手や足を切り取り、命を長らえたりする、主に従軍医や外科医を養成するところで、錬金術とも関係が深い。
遺体蘇生は、あまり成功例は聞いたことはないが、理屈では可能な学問だ。
今は魔法でゾンビを作る程度なのだが、その先には死者の完璧な再生もあるはずだ、と考える人たちとゾンビが、仲良く研究生活をしているらしい。
そして、その奥が錬金術の研究所で、様々なまともな研究に混ざって、ホムンクルス研究もなされていた。




