アンリ
「…チェコ、奴は手強い…」
パトスがリュックの中から、言った。
「判ってる。
体に、なんか魔方陣を書いている。
それで、スペルも剣も通じないようだ」
チェコがささやく。
「、、チェコ、対象を取らないスペルだけでは、、限界があるわよ、、」
ちさも囁く。
「まーそうなんだけどさ…!」
言いながらチェコは金髪少年に真っ正面から接近した。
「煙幕!」
デュエルではあまり使わないが、チェコは兵士用のバトルコンバットも結果的に膨大に持っていた。
「わっ、煙?」
金髪少年が戸惑ううちに、チェコは少年の腕を取った。
関節技。
これは、刃もスペルも通じないとしても、堪えるはずだ。
金髪少年の脇の下から首にかけて、チェコは腕をかけた。
そのまま背後に回り、もう片手でロックする。
肩固め、だ。
「あ、貴様、何を!」
金髪少年は、思った通り、力自体はそれほど強くなかった。
アフマンほど強かったら、最初に顎を蹴られたときに、既にチェコの意識は飛んでいたはずだ。
金髪少年は、動きは素早く、傷つかないが故の大胆さで攻撃してくるが、腕力はあまりないのだ。
ロックは、一瞬で決まった。
だが…。
ポキン…。
枯れ枝が、触れただけで折れるように、金髪少年の肩が、折れた。
逆にチェコは総毛立った。
脆すぎる…。
ギャアアアアッ!
少年が叫んだ!
屋根の傾斜を、肩から折れた腕がカラカラと転がっていく…。
「引くぞ!」
あの、子供のように小さな老人が叫んだ。
黒鎧は一瞬でジモンに背を向け、片腕が折れた少年を抱えると、夜の闇を飛んだ!
更に小さな老人は、弾丸のように走り、屋根を転がる少年の腕を拾って、下の群衆の中に落ちた。
下の通りでは、貧しい少年がバイオリンを弾きながら、己が描いた絵を売っているようだった。
結構、人が集まっており、老人はすぐに見えなくなった。
チェコは、少年に肩固めをかけた姿のまま、固まっていた。
未だに、神経が冷えている。
あの感触は…?
人間のものではなかった…。
かといって、ダリア爺さんが作るような機械の兵隊でもない。
かつてアイテム人間の右手と戦ったが、あんな簡単には壊れなかった…。
可愛がろうと手に上げた虫の足が、あっけなくもげたように、チェコは驚きと共に、気味の悪さを金髪少年に感じた。
「なるほどねぇ…」
翌朝、キャサリーンはチェコの話を聞き、
「あんたもずいぶん厄介な奴らに目をつけられたわねぇ…!」
感嘆するように言った。
「キャサリーン先生、あれが何か、判るの!」
正体が判らないから、チェコは昨晩、一晩中、モヤモヤが続いていたのだ。
ウトウトしていても、不意に耳に、ポキン、という音と感触が甦ってくる。
「そいつらはただの傭兵とかじゃないわ。
背後に錬金術師が糸を引いている厄介な連中よ。
チェコ君、君が戦ったのは、おそらくホムンクルスよ、聞いたことない?」
「え、それって瓶の中でしか生きられない短命な人工生命でしょ?」
チェコも、何かの機会にダリアから聞いたことがあった。
人間が、瓶の中に、機械ではなく生きた肉体を持つ生命を合成するのだ。
うまく作れば、なかなか知恵のある人口生命も出来るというが、なんと言っても短命なのが課題で、今も世界の錬金術師が研究を続けている、という。
「最近よ。
強い魔力を持つホムンクルスの合成に成功して、それに体を与えたのよ。
今までのホムンクルスは、生命活動に必要な一部臓器までしか合成できなかったけど、魔力を持てば、己の魔力で肉体を維持できるわ。
とはいえ、腕は腕、足は足、パーツごとにしか作れないらしいの。
あなたが壊したのが、そのホムンクルスの弱点の結合部、だったのだと思うわ」
「えー、そんなこと可能なの!
だいたい、寿命はどうなってるの?」
キャサリーンは肩をすくめて、
「パーカー先生なら、もっと詳しいかもよ。
でも襲われた、なんて言わないのよ」
チェコは全力疾走で実験室のパーカー先生の元に向かった。
「あー、どうやらウィギリスの連中が、全身、人間そっくりのホムンクルスを作ったらしいね。
今、工場で兵士を作る実験、と称して大騒ぎをしているらしいよ。
ほら、あそこの国はなんでもかんでも大量生産だろ?」
確かに、質より量、という考えの元、文明度の低い国に大量生産品を売りまくっているらしい。
「でも先生、寿命はどうするんです?」
チェコは悲鳴を上げるように聞いた。
「兵士の寿命を気にするかね?
要は、突撃させて、敵を疲弊させればそれでいいのさ」
じゃあ、チェコは彼を結果的に、殺した、ということになるのか?
前の戦争で、大量の命を奪った、とはいえ、チェコの手は震えた。
「ハハハ。
まだ実験室の話だよ。
なんでも、脳とか、目玉、とか別の瓶で作って組み立てるらしいが、筋肉が思うよりずっと難しいらしいね。
ほら」
とパーカー先生は解剖模型を示した。
「人間の筋肉は、何万とあって、眼球すら、一つの筋肉で動いている訳じゃない。
今までのホムンクルスとは、規模が違うわけさ、工場で兵士を生産する、なんてね。
試作品には、七百の魔石を使ったらしい。
確か少年人形、アンリ、とか言ったかな。
なかなか可愛らしい外見だが、外側は人工骨格と合成皮膚で出来ているらしい。
なんとも、いやらしいものだが、血は要らないらしいよ。
完全に己の魔力と魔石の魔力で動くんだ。
その意味では、鉄の兵隊と同じさ。
いや、ダリア先生の鉄の兵隊なら、ずっと優秀だろうね。
先生がウィギリスに行かないで、本当に良かったよ」
工場で兵士を生産する…。
それは、どことなくパーフェクトソルジャーと同質の考えに、チェコには思えた…。




