屋根の上の戦い
チェコはスライディングで、なんとか少年の剣を交わした。
この金髪少年は、明らかに何かがおかしい。
両手に持ってる長ナイフは、幅が指先ほどだし、第一、薄いシャツと革の半ズボン、ブーツは十センチ近いヒールがついた女物で、ここは屋根の上なのだ。
黒鎧が明らかに重装備なら、彼は、まるで防御など気にしていないようだ。
ナイフにしたところで、もし石にでもぶつけたら、多分簡単に折れるだろう。
「雷!」
チェコは少年にスペルを放った。
パンッ!
チェコは、目を見開いた。
雷が、少年の頭上で弾け、空中に消えたのだ。
少年は、薄く化粧した顔に微笑を浮かべ、
「僕にスペルは効かないよ」
指先で、細いナイフをクルリと回した。
「チェコ!
こいつは怪物だ!
下手に戦っちゃダメだ!」
パックが叫んだ。
「裸なのに、手も足も、全く刃が届かないんだ!」
スペルは弾く、刃も通さない?
「アハハハハハ!
人間風情が僕に傷なんてつけられないんだよ!」
爆笑しながら、しかし少年は、まるでヒールなど履いていないかのように素早く動き、チェコの顎をピンポイントで蹴りあげた。
チェコは吹き飛び、屋根を転がる。
今、足の裏側に…。
ほとんど見えない、金の筋で書かれたような魔方陣が、見えた…。
しかし、チェコに魔方陣の知識などない。
キャサリーンならもしかすると判るかもしれないが、しかし魔方陣は、同じようなものが本何冊分もあるはずだ。
闇の中、一瞬だけ見たような図形が判る訳は無かった。
チェコは、屋根を転がり、雨樋に掴まった。
ふんっ、と力を込めて、上半身を屋根に上げると、パックが少年に攻め込まれていた。
そうだ、奴を対象にとらなければ…。
対象を魔法から守る魔方陣かなにかを、体に刻んでいるとして、そこから外れたスペルは効く可能性があった。
パックと接近戦の最中ではあったが、このままではまもなくパックは少年に殺されてしまう。
チェコは、できるだけパックが避けられる位置に、
「油だまり!」
スペルをかけた。
「あっ!」
少年はいましもパックに踵を落とそうとしていたが、つるりと滑り、屋根から落ちた。
パックは一瞬、少年が落ちた方向を見た。
が、
「チェコ!
走るぞ!」
言うと屋根の上を飛ぶように走る。
チェコには、そこがどここも判らなかったが、パックを信じてついていった。
「巻き込んで悪かったな」
走りながら、パックは謝った。
「いーよ、俺たち友達だろ」
チェコも、こそばゆい、だが、一度は語ってみたかった言葉だった。
そして、前を走るパックも、生まれて初めて、そんな言葉を耳にした。
無論カニガンは厳しいが誠実にパックを育ててくれている。
ジモンも、はっきりと言葉で表すタイプではなかったが、パックを弟のように扱ってくれていた。
だが…。
友達…。
そんなものは、作り話の、ご都合主義の言葉だと思っていた。
だが…、確かに…。
俺はチェコを友達だと思ってたんだ…。
それに、チェコはちゃんとこたえてくれて…、そして…。
パックの欲しかった言葉もくれた!
一瞬、ウルったパックだが、すぐ危機は全く終わっていないことを悟った。
「あいつ、下を走ってきている!」
チェコのスペルに驚いたのだろう。
少し用心しながら、しかしパックをおいかけている。
「あいつと、後、黒鎧の男がいるんだ!」
チェコは、変装して乗り合い馬車に乗った話をした。
「二人か?
もう少し、いるかも知れないな…」
パックは考え込んだ。
「ま、ともかく、カニガンとジモンの匂いを見つけた。
そこまで走るぞ、遅れるなよ!」
「判った!」
チェコとパックは、夜のダウンタウンの屋根の上を走った。
だが!
斜め横から、何か飛行物体が二人を襲った。
パックは俊敏にジャンプし、後ろのチェコは、
「うわぁ!」
としゃがんだ。
そのチェコの頭、スレスレを、独楽のように回転した手斧が通りすぎていく。
「ケケ、素早いの!」
手斧は大きくカーブして、チェコやパックより小さい老人の手に戻った。
背中に、ミノを背負った白髪の老人で、髪は長髪、まるで男か女か、判らない。
「なんだ、お前は!」
パックは叫ぶが、あの二人の仲間なのは、自明の理だった。
が、幼児のように小さく、手斧を自在に投げてくる長髪の老人は、こんもり背負ったミノもあって、夜には見たくないような、奇怪な妖怪性を漂わせていた。
「へへへ、もう押さえたぜ!」
あの金髪少年も、屋根に上がってきた。
そして、前の店の屋根には、黒鎧の男が立ち上がった。
「囲まれたか!」
パックは唸る。
「…ったくお前は、いつも厄介事を持ち込みやがって…」
魔眼のジモンが、黒鎧に棒を打ち下ろした。
槍の、金属の刃が抜け落ちたもののようだが、黒鎧に命中した音は、金属音だった。
あの長さの鉄の棒なら、相当に重い…。
チェコは、ジモンが頼れる、と判断した。
踵で回るように、金髪少年に向かい、青鋼を抜いた。
「ケケ、忘れたの?
僕には、刃なんて効かないよ」
「どうかな?」
チェコは、自信ありげに剣を構えた。
手斧の老人に、パックが向かう。
ダウンタウンでは、わびしげなバイオリンのメロディが流れていた。




