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スペルランカー2  作者: 六青ゆーせー
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勝利

ドリーは、膝タックルにより、背後に倒れた。


カイはドリーの左足を両手で掴んでいた。


だが、ドリーも剣を振り下ろす間際だったため、背後には倒れたが、尻餅をつくような倒れかたをした。


頭にダメージは全く無い。

その上、手にはまだ、剣を握っている。


カイは、ドリーの足を脇に挟み、袋はぎに手を回して、力一杯、締め上げた。

アキレス腱固めである。


ドリーの足に激痛が走る。


が…。


こんな負けかたはできない…。


ドリーはまだ、剣も持っていた。


身を起こし、なんとか手を伸ばしさえすれば、相手は小さな一年生だ。


充分に手が届く!


激痛の中、ドリーは、片手で地面を押し、身を起こした。


足の角度が変わると、また足が激しく痛む。


だが、カイはすぐそこにいるのだ。

剣が無いならともかく、上半身を起こしさえすれば、剣はカイに届くはずだ!


ドリーは歯を食い縛り、身を起こす…。


ドリーにとって、我慢は日常だった。


日々の基礎訓練は、おおよそ我慢だけで成り立っている、と言っていい。


剣を振るのも、一千回も過ぎれば、ただ苦しいだけだ。


親兄弟との対戦も、ことごとく負け、ただ打ちのめされる。


身体中を渾身の力で叩かれる。


我慢…。


それはドリーの人生の、色、なのかもしれない。


もっと華やかな色に生まれたかったが、ドリーの手に入れられる色は、この我慢だけだった。


輝く人々を、ドリーは無数に眺めながら、己の発する暗くくすんだ我慢の色と、日々、向き合ってきたのだ。


ぎりっ、と腕を立てる。


ドリーの上半身は、直角、とまではいかないが、立った。


剣は右手に握っている。


この剣を、前に突き出しさえすれば、ドリーは勝てる。

たとえ一年相手にせよ、天才と呼ばれるものに、勝利するのだ!


ドリーは、左手で体を支えたまま、右手の剣を持ち上げた。


右手が、震えている。


痛みは全身を貫き、微かに体を動かすのさえ、新たな痛みを発見する。


腕を持ち上げれば、骨格の位置が変化する。

重心が変わる。


その度、新しい痛みが、ドリーの体に生まれてきた。


剣を、引きずるように、芝の上を動かす。


カイは、必死でドリーのアキレス腱を固めている。

力が足りないため、カイは両手でドリーの足を絞めている。


ヨーヨーは、無い…。


つまり、事は単純だ。


ドリーが痛みに耐えきれば、勝利はドリーのものとなる。


ドリーが、ズルリ…、と剣を動かした。


カイが背を丸めるように、アキレス腱を締め上げる。


新たな痛みがドリーを襲い、ドリーの動きが途切れる。


が、それに慣れたドリーは、再び、ずるっ…、と剣を動かす。


痛みには、慣れている…。


ドリーの、噛み締めた歯から、つ…、と赤い珠のように、血液が流れた。


いつ唇を切ったのか、それとも歯茎を傷つけたのか、もはや判らない。


痛みの先には、あるはずだった…。


生まれて初めての、勝利の味が、だ。


無論、その後、ドリーは、こっぴどくアフマンに倒されるだろう…。


だが、少なくとも最終戦の切符を手にする所までは、手が届く…。


どのみち、俺はそうなんだ…。


ドリーは思った。


一ミリづつしか、進めないのだ。


同じ人には、翼を持つ者もいて、一度に何キロも飛んでしまう。


足の早い者もいて、何十メートルも前進する。


ドリーは、常に一ミリづつだ。


だが、一ミリづつでも進んでいれば、やがてゴールにも手が届く…。


だから…。


もう一ミリ…。


朦朧としたドリーの頭上で、審判が試合を止めていた。


回復不能な傷を負うまで戦い続ける場では、ここはない。

あくまで学校行事だった。


カイは抱き上げられ、手を上げられていた。


ドリーは、芝の上に倒れた。


俺は、進めなかった…。


あと一ミリだったのに…。


青空が、鉛のように黒ずんでいた。




と、誰かがドリーのブーツを脱がした。


「ああ。

致命的な怪我じゃない。

良かったなドリー」


アフマンが、ドリーに笑いかけていた。


チェコが飛び込んできて、


「今、治療するよ!」


と賢者の石を操った。


…全く…。


空が、青く澄んで見えた…。


持っているものたちときたら、なんで皆、優しいんだ。


ドリーはチェコの治療の効果もあり、歩いて芝の上を去った。


そして…。


チェコとフロルが、芝の上で向き合うことになった。






チェコはどう戦ってくるだろう?


フロルは、弾む心で考えていた。


あたしに合わせてくるだろうか?


思い、フロルは剣を前に構える。


チェコは、腰を沈めた。


鞘に入れたままの剣を右手で握り、右足を前に大きく踏み出している。


居合い…?


フロルは、微かに疑問を持った。


居合いは、現在の剣術が定まる前の、古い剣技の形だ。


例えばすれ違い様に剣を使うとか、不意打ちに動く技であり、既に剣を構えている相手に、居合いで挑むのは剣の速度で、既に負けている。


無論、全ては動きの中で決まることであり、例えば万全のフロルの剣をチェコが何らかの方法で交わし得たなら、居合いの間合いであり、チェコが有利となりうる。


が、振りかぶって振る剣よりも、居合いの間合いは当然に短く、同時に打ち合えば、当たり前にフロルの剣がチェコを打つことになる。

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