タックル
一つのヨーヨーは、大きく弧を描きドリーの頭上を越えようとしている。
普通であったら失投だが、相手はカイだ。
ここから、思うように変化させて来るだろう。
そのヨーヨーを目で追ったドリーだが、その視線の端に、カイが左腕で投げるヨーヨーが見えた。
どっちだ…!
むろん、カイは歳は十三とはいえ、もはやヨーヨーに関しては名人と言って構わない強者だ。
どちらも本物なのだろうが…。
先にドリーに届くのは、もしや左からのストレートか?
それとも、この上空からのゆっくりとした攻撃だろうか?
頭上のヨーヨーは、もはや顎を上げなければ目で追えない高さに達していて、左手のストレートは、まっすぐドリーに向かってくる。
ストレートだ!
どう考えても、左手のストレートが予想以上の伸びを得て、ドリーの顔面に向かってきた。
だが…。
剣で身を立てようとする以上、顔面の攻撃を恐れていては、武芸者の名折れだった。
昔、大変な剣の達人がいたが、ある槍使いが顔を狙ったところ、美貌で知られた達人は、思わず顔をかばった、という。
その達人はむろん、無惨な屍をさらし、同時に愚か者として今日まで汚名を語り継がれている。
ドリーは、まっすぐ顔に向かってくるヨーヨーを、切った。
切った瞬間、判った。
それはヨーヨーではなく、ただの石だった。
単純な、トラップだったのだ。
しまった…。
思った瞬間、ドリーの後頭部に、見事にコントロールされたカイのヨーヨーが突き刺さった。
一本の杭のように、ドリーは倒れた。
カイは、しかし素早くヨーヨーを手元に引いた。
ぴくり…。
ドリーの指が、微かに動いた。
カイのヨーヨーは、遅いスピードであったため、意識を奪うまでは、至らなかったのだ。
ドリーは、震えながら、起き上がろうとした。
カイは、剣を抜いた。
もはやヨーヨーで意識を刈らなくとも、剣を突きつければ終わる戦いだった。
「駄目だ、カイ!
六年を侮るな!」
チェコが叫んだ。
え、とカイが瞬間、戸惑ったとき、ドリーは一気に立ち上がり、一瞬で剣を振り上げた。
意識した行動ではない。
勝てる!
瞬間、そう思っただけだ。
勝つんだ!
それは、この六年の鬱積の蓄積が原動力になった行動だった。
天才グレータやアフマンには、どうやっても勝てなかった。
クアラムはあからさまにドリーを見下していた。
実際、グレータが闇討ちにあったとき、ドリーは、むしろ喜んだのだ。
五年にも、四年にも負け、二年でさえ天才エンクには土をつけたことはない。
彼らの閃きや、超人的な身体能力は、ドリーがどんなに望んでも手に入らないものだった。
体も、鍛えてはいるが、思うほど大きくはならない。
力も、下級生にも劣っている。
そんな中、ドリーは基本だけを反復してきたのだ。
瞬発力は無いものの、長く走ることだけは出来るようになった。
だが、剣に必要なのは瞬発の力だ。
才能がないことは判っていた。
だが、剣にすがるしかなかったのだ。
勉強が出来ないわけではなかったが、ドリーには魔力は乏しい。
文官としては、どうしても人の目に止まる力は、ドリーにはなかった。
ただ幼い頃から続けていた剣だけは、むろん天才の名を欲しいままにするような怪物には、どうやっても敵わなかったが、ある程度の成果は出せた。
親類もいる軍への進路も見えてきていた。
だから、だ!
だから、ここでだけは勝たなくてはいけない!
一年に負けた、と言われては、ドリーの進路は険しくなるのだ。
カイは、中途半端な動きをしてしまった。
剣は抜いたが、戦う形にはなっていない。
ヨーヨーは、ポケットに納めていた。
ドリーは、意識は朦朧としながらも、既に剣を撃ち下ろそうとしていた。
基本に忠実な剣士の一撃だ。
弱いわけはない。
カイは、とっさに膝タックルに活路を見いだした。
腰より下への、相手を倒すためのタックルだ。
普通、そこから足関節を狙う技に繋げることが多い。
最悪、片足だけでも捕まえれば、アキレス腱を攻められる。
ドリーの渾身の一撃は、カイの低いタックルによって、空振りになった。
カイはドリーの膝に背中から当たるようにタックルした。
膝が頭などの急所に入れば、己のパワーで意識を飛ばすこともあるから、痛くても筋肉の厚い背中を使うよう師匠のイエガーに教わったのだ。
当然、丸太のように背後から膝にぶつかるタックルとなり、そこから手を伸ばして足を取っていく。
ただし、ドリーも格闘技は得意だった。
ただ、体格が中背でやせ形だったため、力負けすることは多い。
とはいえ、一年に力負けはしない。
ただし、ドリーの両手は剣を振り下ろしている最中だったので、塞がっていた。
膝タックルは、格闘技でも、珍しい形なのだ。
普通は、固い膝を避けて、もう少し上か、下にタックルをする。
うまく頭に膝を入れられれば、それが側頭部でも膝の方が強い。
だからドリーは無警戒だった。
カイは、ドリーの左足を掴んだ!




