戦い
ドリーの目の前から、カイが消えた。
しまった!
カイが、度々スライディングをしているのを、ドリーは目にしていたが、勝ちを急いでしまった。
カイは必ずスライディングしている。
が、それを目で追えば、その時点でヨーヨーの餌食になる。
どんな態勢でも打てるのがヨーヨーの強みなのだ。
ドリーは横に跳んだ。
そのドリーの頬を、カイのヨーヨーが掠めていく。
転がってすぐに立ち上がりながらも、ドリーは唸っていた。
見た感じ、一年としても、決して恵まれた体格とも、発達した筋肉とも言いがたい少年だ。
六年のドリーから見れば、本当に、まだ子供にしか見えない。
だがこのヨーヨー使いは、本物だった。
ここまで自在に飛び道具を操れるものなのか?
矢なら、本数に限りがあるし、手元で変化などしない。
ツブテ使いのうちには、投げるツブテを変化させるものもいると聞くが、どのみち、重い石を、そう何十も持てるものではない。
だが、カイは無限に、自在に変化させるヨーヨーを投げ続け、一年にして決勝まで勝ち残ったのだ。
六年として、これ以上、今年の一年の好きにはさせたくないが、ヨーヨーを自在に操り、思うように変化させられる。
と、なると、小柄で素早く、スライディングも得意という敏捷さが、とても厄介になってくる。
そう考えると、彼は決して、ただのヨーヨーの得意な子供、ではない。
現に天才エンクや槍使いユリヤをヨーヨーで倒しており、時に槍の上に乗り、時に天才の剣を交わして勝ち抜いてきている。
本物、と、考えていいだろう。
ドリーは、少し簡単に勝てると思いすぎていたのだ。
ドリーは剣を構え直した。
ドリーは基本に忠実な剣士だ。
だが、好きで基本に忠実になったわけではない。
同学年に、力のグレータ、技のアフマンという、ほとんど芸術的な剣使いが二人もいたことは大きい。
また、槍使いクアラムの存在も大きかった。
射程の長い槍と戦うためには、細かい技をいくつも覚える必要があった。
それでもドリーは、よく五年に負けたし、クラスでベスト五に入ったこともない。
だが、今日は体調も良く、六年間で初めて五位までの中に入った。
光栄だが、しかし運だけとは思ってはいない。
基本を突き詰める。
その長く単調な作業が、一つの実を結んだ結果なのだ。
だから、ここで一年には負けられない。
なぜなら、僕はここに来るのに六年をかけたのだから!
カイは、来年は必ずドリュグ聖学園の主要メンバーになるだろう。
ならなければいけない。
そのためには、基本を押さえた僕が、ヨーヨーを封じる!
ドリーの雰囲気が変わったのが、カイには判った。
貧民窟に住み、ダウンタウンで盗みをしながら生きていれば、こうした変化には敏感になる。
人は、慈しみ育てた家畜を、潰して食べる動物なのだ。
必ず、その表情には表と裏がある。
どちらも、嘘ではない。
赤ん坊を育てるとき、誰もが笑顔で動物をあやす。
動物もなつき、呼べば寄ってくるようになる。
餌を与え、ブラッシングをし、病気になれば看病し、親よりも頼りになる養護者であり続ける。
首を締め、肉とする、その日までは、である。
そういうことは、ダウンタウンでは少なくない。
子供好きのおじさんと思っていたら、器量のいい子供を盗み、売り飛ばす人買いだったり、中には本当に食肉にする鬼畜も存在する。
子供のうちは可愛がり、女になった瞬間に襲いかかる女郎屋もあれば、子供の臓器が薬や魔術の道具であったりもする。
カイは、ダウンタウンの腐った裏側を、良く見ていた。
ドリーさんが、俺を本気で倒しにきた…。
ありがたいことなのだが、可能なら、そうなる前に倒したかった。
ドリーは、剣を構えた。
飛んできたヨーヨーは、変化する前に叩く。
そうすれば、最低限、ヨーヨーに傷をつけられるはずだ。
運が良ければ、割れる可能性もある。
まず、相手の武器から潰す。
ドリーらしい地道な作戦だった。
動きを止めて、ヨーヨーを見極めようとしている。
カイは、どうしたものか、と動きを止めた。
ヨーヨーに限らず、飛び道具は、動いている相手に合わせた方が当てやすい。
無論、練習では動かぬ的を百発百中で当てる力がカイにはあったが、剣を構えている相手、となると見られるほどやりにくいのだ。
相手は、ヨーヨーそのものを狙っている。
無論、カイのヨーヨーは、簡単に切れる物ではないが、時にどんな固い金属もタイミングで欠けたりヒビが入る事がある。
するとコントロールが狂うし、同時にカイの計算も狂うのだ。
少し、珍しい技を使うか…。
カイは、高くヨーヨーを上に投げた。
ぬっ、とドリーは、微かに動揺した。
もう一つのヨーヨーがカイの手元にあるし、かといって、己の頭上に高々と上がった鉄球を見過ごしにもできない。
ドリーが戸惑った瞬間、カイの左腕がしなり、ヨーヨーがドリーに向けて、発射された。




