コイントス
決勝五人が決まった。
チェコ、カイ、フロルが名を連ねていた。
後の二人は順当に六年であり、一人はアフマンだ。
もう一人は、子爵家のドリー・ラワンという名門の男子だった。
派手さは無いが基本に忠実な剣士で、寝技も得意な、ある意味泥臭い戦いをする、しぶとい人だった。
「皆さん、今日はありがとう。
本当に良い試合ばかりでした」
と芝生に立って拡声器カードに声を張り上げるのは、この学園の校長である白髪の伯爵、カーマイン三世だった。
「特に一年生の頑張りは特筆に値します。
それぞれ、タイプの違う三人ですが、みな、とても能力の高い戦士なのは明らかです」
チェコたちは、ソワソワと校長の話を聞く。
「また、今日は破れましたが、高い能力を示した生徒もたくさんいました。
しかし、これが最後ではない。
次の機会があります。
今日勝った人たちも、負けたみなも研鑽を怠らず、己を高めてください」
チェコは自分が誉められなかったのでガッカリした。
が、まあ片手剣の本当の威力を披露するのは、残念ながらこういう衆人環視の場ではない。
確実に相手を仕留めて、誰も目撃者がいないときなのだ。
「さて、これより、最終対決になります!」
チェコは、もう終わりか、と思っていたので、おお、と観衆と共に沸いた。
「最終対決は、アフマンをシードとして、四人が戦い、勝った二人とアフマンはそれぞれ戦い、決着をつけます!」
もしかすると、くじ運次第では、チェコにも勝ち目があるのかもしれない戦いだった。
アフマンは二戦するので、最初の戦いで疲弊すれば、もしかすると最後の相手となったチェコにも、勝ち目はあるかもしれないのだ。
「それでは最初に戦う四人は集まって」
とキャサリーンが芝生にチェコたちを集める。
「このコインを投げるわよ。
同じ面が出た二人が戦う。
いいわね?」
チェコたちは唾を飲みながら頷いた。
ドリーも嫌だが、フロルやカイと戦うのも気持ち的には乗らない。
互いに剣を交えるのは良いが、この場では勝ちに大きな意味が出てしまう。
かといって、手を抜く気は、チェコには全く無かった。
優勝までは、さすがに狙えないにしても、アフマンとは戦ってみたかった。
学園最強、とはどれだけのものなのか、それを知りたい。
一年のチェコがアフマンと戦う機会を得るのは、もしかしたらこれが最後かも知れなかった。
チェコはコインを受け取り、高々と上に投げた。
コインは乱回転しながら、芝にトスンと吸い込まれた。
何代か前の国王の肖像の面だった。
「表ね」
とキャサリーン。
次にドリー・ラワンがポトリと落とすように投げた。
ヴァルダヴァ候国の紋章が描かれていた。
「裏よ」
カイとフロルは視線を交わした。
どちらかがチェコになり、どちらかは六年のドリーになる、と決定したのだ。
キャサリーンも判っていて、
「さあ、どちらから投げる?」
と二人に聞いた。
チェコは同じ一年だが、山で戦争を経験し、何人も殺した山の英雄だ。
六年も、ジーク、クアラムという実力者を下してここに立っている。
だが一方のドリーも、徹底的に基本に忠実な、つまり隙の無い剣術家で、格闘技も相当の技量だ。
色々波乱のあった武道大会だったが、決勝まで残っているのだ、もちろん強いに決まっていた。
だが、フロルはチェコと戦いたかった。
優しいチェコは、練習では本気を出してはくれないだろう。
本気のチェコを見るとしたら、まさに、この決勝しかない。
今はまだ、フワリとした子供の顔をしたチェコだが、戦いになると、時折、山の英雄の素顔を見せることがある。
たぶんフロルの髪を酸っぱくさせるのは、その獣の表情だ。
たぶん…、今なら、フロルはいつチェコが好きになったのか、言うこともできる。
ブルー兄の顎を砕いた日、フロルは二階の窓から、偶然に彼を見たのだ。
あの目。
あれは、おそらく、野生の狼の目だ。
魔力のこもった、本当の戦士の瞳…。
フロルは、そのチェコの目を、間近で見たかった。
それに…。
負けたにしても、フロルはチェコと二人だけの時間を共有したことになる。
カイは、目を瞑って考えた。
どちらなら、勝てるのか…。
従者から生徒に出世したカイには、勲章が必要だった。
今の勲章も、もちろん小さくはないが、優勝なら…。
それは無理にしても、準優勝なら、カイは大きな勲章を得ることになる。
パトリックと同じ制服で学校に行き、同じ食卓についてはいても、カイは、無論、他の使用人と同じ様に屋根裏に寝ている。
一人部屋には移され、待遇は良くなったが、同格だった使用人には白い目で見られている。
無論、貧民窟に比べたら、そんなことはなんでもないのだが、これから、カイが独立して生きていくためにも、勲章はいくつあっても良かった。
そしてドリーとチェコを比べたとき、実戦経験のあるチェコのしぶとさは目を見張るものがある。
俺のヨーヨーが一発…。
カイは、目を開けて空を見上げた。
高い空に、真っ白い雲が輝いていた。
一発、俺のヨーヨーが急所に入れば、チェコもドリーも倒れるだろう…。
まだ、カイは、ヨーヨーの技をほとんど見せていなかった。
だから、たぶん二人のどちらにでも、どういう展開になったとしても、一発、入れることはできる。
二人とも、急所に入れば、倒れるだろう。
問題は…。
そこから立ち上がるのはどちらから、と言うことだ。
実戦に磨かれたチェコか?
基本を体に叩き込んだドリーか?
まあいい。
カイは、考えた。
立ち上がったら、二発目が入るだけだ。




