奥の手
ストーリー上、剣の戦いですが、無論カードバトルに戻ります。
少しだけ、お付き合いください。
走るように素早く足を踏み出し、同時に振り上げた剣が、チェコの顔面を襲う。
鎧を着た者同士の戦いでは、頭への攻撃など意味はない。
兜に当たって、自分の剣が歯こぼれするだけだ。
狙うのは兜の下の顔面、ここに剣を当てれば、仮に兜で実害は無くとも、剣の残像が残った敵は、動きが鈍る。
この踏み込み面は決まった、かに思えたが。
チェコは咄嗟に倒れるようにスライディングをした。
無論、ほとんど助走の無いスライディングであり、ただの苦し紛れのように、観客には見えた。
が…。
パン、と軽い音がして、チェコはジークの後ろに立ち上がった。
自らの体重を利用し、地面と水平にジャンプして、スライディングを行ったらしい。
おおっ、と会場がどよめく。
背後をとられたジークは、じりっ、と足を横に広げた。
チェコは、この絶好のチャンスを逃すわけにはいかなかった。
立ち上がった瞬間には、すぐに剣を撃ち込むため、足を滑らしていた。
剣術では、余程の事がない限り、すり足を使う。
戦いの場が、常に平地とは限らないからだ。
こうした場合、石ころ一つ踏むことで、形勢は容易に逆転する。
摺り足であれば、地形を、剣を動かす前に知覚することが可能なのだ。
チェコは、剣を構えない。
居合い。
それは、剣が独立した剣術という体系を作る前の、原初の技だ。
ただ、体の体重移動と共に、剣を鞘から抜きざまに、相手に当てる。
きれいに振り抜こう、などとはしない。
刃物を、ただ刃物として使うのが、原初の居合いなのだ。
チェコの居合いは、しかし、パン、と音と共に弾かれた。
後ろ向きだったジークは、微かに足幅を広げながら、チェコと同じ様に剣をただ、突き出した。
下手をしたら刺し違えるかもしれない互いの剣だが、チェコとジーク、どちらもそれなりの修練を積んでいた。
木刀と木刀が、空中で重なった。
ここでジークが、力押しにツバ迫り合いなどで押し込んでくれれば、チェコには色々なやりようがあった。
引いて体術に持ち込んでもいいし、カーマ直伝の技も数々知っている。
が、ジークは飛び去るように剣を引く。
きれいな剣術だ。
剣で押し合えば、そのときは勝てても、剣が痛む。
もし、本当の戦いなら、一殺は出来ても、その後、新手が現れれば不利になる。
ジークの剣は、そうした理によって組み上げられた、知的な剣術のようだった。
なかなか手強い相手だ。
むしろ、チェコの方が、少し強引に攻めた方が勝ち筋が見えるかも知れなかったが、下手を打てば、力攻めしてくる相手には、チェコ同様、ジークも色々な返し方を持っている気がする。
そんな直感があるから、チェコも迂闊に攻められなかった。
警戒しながら、チェコは軽くジークの、剣先にわざと剣を当てた。
反応を見るためだ。
攻めるつもりか、防御のつもりか…。
そんな反応が、見える事があるのだ。
が、さすがに六年のジークはどっしり構えていた。
チェコの剣に反応しない。
チェコの動きに合わせて、どうとでも動く。
そんな感じだった。
戦いは、制限時間などはない。
本当の戦いに、そんなものはないからだ。
どちらか、相手に致命傷を与えるか、降参するか、体力の限界になるか、まで戦うのだ。
これは決してスポーツなどではなく、殺し合いの練習なのだ。
だから、本来はスペルも使用するべきだが、一応武道大会なので武器カード以外のスペルは禁止だった。
手強いな…。
チェコは唸った。
六年でも、強い選手なのだから当たり前だが、同じ六年のクアラムはチェコは倒している。
相性もあるのだろう。
きれいな、理詰めの剣が、チェコを戸惑わせているのだ。
下手に撃ち込めば、おそらく負ける。
だが、相手は木のように、どっしりと剣を構えていた。
いつまででも待つつもりか、何か期が熟すのを待っているのか、そんな感じだった。
おそらく、相手は、剣の腕はチェコより何枚も上手だ。
このまま睨み合えば、相手のペースで戦うことになり、おそらくチェコは負ける。
なんとなく、そうチェコは直感した。
出すか…。
カーマ直伝の片手剣…。
しかし、それは剣技であるために、こうした衆人環視の場で使えば、誰もが技を知ることになる。
それは、望むところでは無いのだが、相手が同じ剣術では勝てない熟練者では、使う以外に勝つ方法はない。
チェコの腰には、片手剣用の第二の剣も、装備されている。
と、言うより、剣は、案外と脆い武具なので、通常、予備を持つのが当たり前だった。
要は片手剣とは、予備も含めて使う戦術、といえた。
行くしかない…。
チェコは即座に決意を固めた。
だけど、最小限に、だ…。
片手剣の使い手、などと認知されないように、気をつけなければならない。
チェコのイメージが、固まった。




