声
鋭い一閃をナルタに放ったフロルだが、さすがに六年のナルタは白い歯を見せながら、軽やかにフロルの剣をさばいた。
フロルは奥歯を噛んだ。
可能な限り、修練は積んだつもりだ…。
だが六年のナルタを上回る力は、フロルにはない。
テクニックは…。
同じ剣を使う限り、六年でも上位のテクニックを誇るナルタには、敵う経験も修練も、フロルには無かった。
ならば!
フロルは鎧のポケットからカードを取り出した。
当然、自分の使える武器は、カードに持つのが、この世界の武道の常識だ。
フロルは鉤爪型の刃をつけた、槍を取り出した。
一瞬、ナルタの笑顔が消えた。
槍は、射程が長い分、ナルタとフロルの身長差を潰す武器だ。
また貴族女子は、多かれ少なかれ、槍の扱いは習うものだ。
女子が、仮に闘いの場に立ったとき、男子と同じ武器では身長差、力の差、技量の差をどうしても埋めがたい。
一通りの槍術を身に付けてから、剣や弓の技を磨くのが、貴族の女子の通例だった。
これが、なかなか手強いのは、ナルタも知っていた。
三つ上の姉が、槍使いだったからだ。
舌打ちしながらナルタは、
何を考えているんだ、文壇の花は?
おとなしく詩作を練っていればいいじゃないか?
一年男子が頑張っているから、引けなくなってるのか?
それほど愚かでは無いはずなのに…。
十三歳の槍に負けたとあっては、ナルタにしても顔が立たない。
これが同級の男子だったら、わざと負けてもいいのだが、なんといっても文壇の女名士に負けたとあっては、公爵家の三男としても、ちょっと肩身が狭い、というものだ。
無論、ナルタはドリュグの代表になって闘う未来など考えてはいないが、まあ、控えにぐらいはなってもよい。
ちょうどクジ運もよく、ここまで勝ち上がれたのだから、あと一勝、ここは勝っておかないと一生の不覚、というものだ。
だが、文壇の花に傷をつけるような真似は、ナルタにはできない。
ましてやナルタは六年で、相手は一年の子供なのだ。
可憐な若花は手折ること無く、美しく咲くのを待ちながら、それでも勝利をもぎ取るのが、貴族であり公爵でもあるナルタの腕の見せ所、と言うわけだ。
が、槍は煩わしい。
剣の外から襲って来る突きや、足を狙った攻撃。
特に連打は厄介で、ナルタは、つい短気を起こして無駄な動きをし、結果、姉に敗北を喫したりする。
だが、相手は年下の少女だ。
姉ほど手を焼くこともあるまい。
もとより体力も違うのだし、連打されても受けていれば、必ず先に相手が崩れるだろう。
ナルタほどのプレイボーイなら、もう少し真剣にフロルが闘う理由を推察すればよかったのだが、ナルタはつい、フロルの幼い外観に、そこまで深い思いがあろうとは思いつけなかった。
「得意な武器を選ぶのかい?
夢中の女の子は可愛いけれど、あんまりヤンチャだと嫌われちゃうよ」
フロルは息を飲んだ。
チェコは?
チェコはあたしを嫌うだろうか?
「頑張れフロル!」
その時、顔を真っ赤にして叫ぶチェコの声が聞こえた。
聖歌隊のソリストなのだ。
よく通る、清らかな銀色の月のような、透き通った、しかし個性的な声だった。
声だけで、チェコが真っ赤になって叫んでいるのが、フロルには見えた。
「君は、こんなところで負ける子じゃないぞ!」
フロルは、艶然と笑った。
「ナルタ。
あなたは女の子の事が判らないのね」
しまった!
フロルの笑いを見て、ナルタは己の目の甘さを思い知った。
この子は、恋をしていたんだ…!
とん、とフロルの槍が、ナルタの胸を突いた。
ナルタは、槍を避けることも忘れていた。
そういう、フロルの微笑みだった。
「勝者フロル・エネル!」
チェコとカイに迎えられるフロルを見ながら、ナルタは、
あの子に、あんな笑顔をさせておいて、責任はちゃんと取れよ、一年生…。
と思いながら、肩をすくめた。
可愛らしい蕾が、不意に可憐に花開く瞬間を、ナルタは見たのだ。
やれやれ。
父上にはどやされるだろうな…。
思いながらも、ナルタはフロルの笑顔を見ただけで、ある意味、満足していた。
チェコたちは子犬のように抱き合い、喜びあった。
ブリトニーやタランも一緒だ。
今は、これでいいんだわ…。
フロルは思う。
みんなで無邪気に笑い合えれば、それでいい。
男の子たちは、まだ恋愛などという複雑な味は判らない。
楽しい一体感を抱いたまま、数年すれば、やがて山の英雄も男子になる。
それがフロルには、楽しみだった。
フロルは涼やかに笑い、芝に座ってお互いに励ました。
この笑いが少しづつ意味合いを変えていくのを、フロルは見守ろう、と思った。
それは、とても贅沢な恋に、違いなかった。




